第十章 足跡



 腕組みをして小さく嘆息し、カリーニンは頷く。話の内容には甚だ納得させられるものの、出会っていないのは事実だった。気配は感じこそすれ、強襲するための一歩がない。魔物に足をためらわせる何があるのかわからねど、それがこの森の特性だと思っていたカリーニンは、揃って目を丸くする三人の様子を見て考えを改めざるを得なかった。

「気配はいつでも感じた。だが、襲ってくるようなこともなかったからこの森に何かあるとふんでたんだが、どうも違うみたいだな」

「……そりゃあ精霊は他の森より強いけど、魔物に作用するほどのものなんかこの森にはないよ」

 法力か魔力、と呟いて尋ねる女にカリーニンは頭を横に振る。

「生憎、俺にはそういう類のものはない。ついでに後ろのこいつもそういうのはないんだがな」

 もっと別の力はあるようだが、と内心呟いておいてそれはふせた。剣を持つアスにも関心は向いているだろうが、世間を賑わす存在だとは気付かれていないようだ。移住の民であることが幸いしているのだろう。

 カリーニンの言葉に女は感嘆の息をもらし、次いで軽く笑った。

「はは、何か凄いね、あんたたち。……ちょっと来なよ、うちらんとこ」

 息子二人の踵を返させて、女もこちらに背を向ける。

「そっちの子にはちゃんと休む場所が必要みたいだからさ。うちらの寝床に案内するよ」

 振り返ってみればアスの顔からは血の気が引いていた。一気に食物を腹におさめたとは言え、長続きした空腹によって損失した体力はそう簡単には戻ってこない。その上、突然の来訪者にアスの緊張感は限界を忘れてしまったのだろう。それもまた、疲労を増長させたようで、顔色は傍目から見ても決して良いとは言えなかった。

──信じてもよいものか。

 ティオルの件がある。それでなくとも他者の親切には敏感にならなければならない身だ。だが、アスの心身が限界にまで達しているのは明らかである。差し伸べられた手を振り払うべきか、取るべきか、カリーニンの決断は早かった。

「……厄介になるとするか」

 女は豪快に笑い、それに、と付け加えて、戦線離脱とばかりに先を歩く息子二人に聞こえるよう、わざと大きい声で言った。

「うちの馬鹿息子の無礼を詫びたいしね」

 いい性格の持ち主であることは間違いないようだった。



十章 終

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