第六章 その陰を知らず
第六章 その陰を知らず
美しいとも思えなくもないが、好みとも言えなくもない。つまり興味がもてなかった。
領主の娘だからか器量はいい。顔も申し分ない。しかし、整いすぎて、いささか面白みに欠ける娘でもある。
「……こんな美しい女性は見たことがない」
満面の笑みをはりつけて言うバーンの言葉に娘は頬を赤らめ、父である領主は上機嫌だ。
「このように美しいお嬢様を持っては、領主様も心労が絶えぬことでしょう」
領主は丸い顔を突き出した。
「全くだ。昼夜問わずの訪問に手紙……そろそろ身を固めてもらわねば、私の身がもたん」
「いい方がいらっしゃるので?」
顔と同じく丸い体を乗り出す。
「お前も名乗り出てみないか」
バーンは笑顔のまま凍りつき、回転数を上げた脳内で即座に言うべき言葉を紡ぎだす。
「……私のような、どこの馬の骨とも知れぬ根無し草にそのような勿体ない言葉を下さり光栄にございます。しかしながら……」
「そんなお前だからこそだ。娘も気に入っておるようだし」
言葉を遮る領主に気圧され、ちらりと視線をやった先で娘の目がこちらを見ているのに気付く。目が合った娘は頬を染め、更に分が悪いことに顔を背けた。
「……しかしながら、私は一団を率いている身。中には無骨で粗野な者もおりますゆえ、一団を離れるわけにもいきません」
「何を言いなさる……」
樫で作られた扉に耳をつけ、バーンが言うところの「無骨で粗野」な者たちは笑いを堪えるのに必死だった。
「馬の骨って」
「つか、あの領主、本気だぜ」
「いやよ。バーンはあたしらのものでしょ」
「いやいや。あの女、なかなかの上玉だぞ」
「バーンは目利きだからな」
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