番外編 王城狂想曲



 眼鏡の男は顔を両手で覆って、今にも泣きださんばかりの勢いで言い募った。
「むしろそうであれば、どれだけ楽だったことか……!」
 賢人がそっとその肩を叩き、呆れ半分で眺めているラバルドへ目を向ける。
「陛下の心身をご心配申し上げるが故にご結婚相手を見つけていただきたいのもそうだが、問題はもう一つある。お世継ぎだ」
 ラバルドはあからさまに嘆息をした。
「失礼を承知で申し上げますが、陛下は血統で後継者をお選びにはならないと明言しております。世継ぎ云々の問題こそ、一番に優先順位を下げるべき問題ではありませんか?」
「では、陛下に次ぐ統率力を持つ王が現れると思うのか」
 ラバルドは返答に窮した。
 それみたことか、と言わんばかりに、今度は賢人が嘆息した。
「陛下の王としての資質は比類ないものだ。それが易々と生まれるものならば、どの国も簡単に傾いたりはしない。だからこそ、陛下のような王は名君とされ、歴史に名を残す。今のリファムははっきり言って、陛下の双肩一つでここまで繁栄したようなものだ」
「優秀な家臣の働きのお陰ではなく?」
「獅子の群を率いるのが羊では、獅子も力を発揮出来まい。逆に羊の群を率いるのが獅子ならば、相応の力は発揮出来よう。だが、それは所詮、羊の群の力だ。獅子には敵わん」
「比喩にしては随分、ご自身を卑下なされた言葉のように聞こえます」
「そこにお前も含まれていることを忘れてはならんぞ」
 賢人はにこりと笑う。だが、ラバルドはつられて笑うことは出来なかった。
「陛下はまさに獅子だ。その下で、我々は羊のままであることは許されん。陛下についてゆける獅子のようにならねばならん。しかし、それには時間がかかる。どういう意味かわかるな?」
 ラバルドは数瞬、黙した後に、円卓へ視線を落として呟いた。
「陛下だけの治世には、してはならないということですね」
 三人は大きく頷いた。ラバルドも、それには賛成だった。
 彼らの言う通り、今のリファムは正にイーク一人の力で大きく成長したと言っても過言ではない。武力、政治力共に辣腕ぶりを見せるイークだが、人を魅せる能力にも長けているということは、近くで働くラバルドらもよくわかっていた。それが、国を率いる立場にあって、どれだけの強みになるのかということも。
 イークと同じ方向を向ける者は、概ね、彼に惹かれる。逆方向を向いていたとしても、優秀とわかればイークは誰彼かまわず王城へ登用する。身分を問わない、完全な実力主義から成る改革は王城の質を飛躍的に向上させた。他国の官吏から見て羨望を受けるほどに、というのは噂で聞いた話である。
 それだけのものを、あの年齢で一揃え持つことが出来るというのは、驚嘆に値した。
 が、それだけのものを「イーク一人で」揃えたということが、彼らにとっては危惧すべき事だった。

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