第三十章 暁の帝国



 朝靄を晴らす風が吹き、リリクの髪を揺らす。

 美しい金髪の名残が消えた頃、そこには既に彼らの姿はなく、二人の賢者は静かにこの場所から去ったのだった。


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 馬を駆け、具合の悪い空を頭上に頂いていると、あの日を思い出す。違うのは肌を打つ寒さと雨が降っていないことのみであろうか。

 ライと決別したあの日──全てが始まったあの日。

 あれから沢山の事があった。そのどれも多くの輝きと笑顔と、そして数え切れないほどの涙に彩られて、今も尚、アスは鮮明に思い出すことが出来る。

 『時の神子』の存在は切っ掛けだった。その力に活路を見出して世界が動いたのではなく、その力に過去の痛みを思い出した人々が、己の意志の為に動いただけにすぎない。世界は彼らの作った道筋のまま、動いていただけなのだ。

 世界はそ知らぬ顔をしているとリミオスは言ったが、目を向けていないのは自分たちの方かもしれない。それは決して不幸なことではなく、目を向けずに生きていくことは可能だ。

 だが、振り返ってしまったらもう、目を離すことは出来ないのだろう。

 その眩しさに目を閉ざすか、暗澹たる闇に魅入られるか、それとも──。

 どんな結果を生もうとも、時間は彼らに味方する。過去の知恵と記憶を伝え、現在の情報と知識を与え、未来の希望と可能性を示してくれる。『神子』の力はそんな彼らに指針を与えるために、本来ならば使われるものだろう。

 しかし、人々が自らの力で時間を味方にしたのなら話は別である。

 そこに『神子』の介入は必要ない。

──それこそ、遠い昔、『時の器』を破壊した混沌が望んだことではないのだろうか。

 手綱を握りなおしたところで、ぽつ、と頬を冷たいものが叩きつける。全力で駆ける馬の速度で勢いのついたそれは、僅かな痛みも残して後ろに流れていくが、その後を追うかのように、更に二、三粒の雨が頬を叩いた。

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