第三十章 暁の帝国
「……お前には……いつも、迷惑をかける……」
「そう思ってんなら、今度からちゃんと礼を用意しといてね。いいの?イークには別れを告げなくて。次、また会えるとは限らないわよ」
リリクがちらりと王城へ視線を向けて示す。だが、オッドは小さく笑って「いや」と言った。
「……もう、わしの手は……必要…なかろうて……それに、あの子なら……長生きする……」
「そうね。その意見には賛成だわ。まあ、あたしも時々様子は見に来てやるわよ。たまにはからかってやらないと、イークも寂しいだろうし」
「……いつも、ありがとう、リリク」
オッドはにこりと微笑んだ。リリクも微笑んで返し、二頭の馬が消えた方角へと視線を向ける。
そして、確信を込めて言った。
「あの子たちにも、また会えるわ。きっと」
相方の相槌を待つが、応える声はない。
オッド、と呼びかけて腕の中へ視線を落とした。
すると、先刻まで開かれていた瞼は固く閉じ、非常に深い呼吸音が聞こえる。通常の呼吸よりも深いそれは、オッドに完全なる静寂をもたらすもので、彼の目が外を映し、彼の声が人々を諭すのは、またしばらく先のことになるのだろう。
彼は深い眠りについたのだ。
今回はお疲れ様、と、穏やかな顔に向かって微笑みかける。
おそらく、彼の人生の中で、一番に得ることの多かった時間になっただろう。「生まれ直し」の速度はそれに由来する。
リリクは溜め息と共に笑みを浮かべ、オッドを包む外套の裾を直して少しでも外気に触れさせないようにした。その中には、糸くずを風にそよがせる予言書も共に抱かれており、リリクはくすりと笑う。
──これは、あたしたちが預かるべきよね。
そして、顔を前方に向けた後、王城を見上げて誰に向けてか呟く。
「これで、あたしたちの役目は終わりよ。後は自分たちで頑張りなさい。……またね」
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