第二十八章 帰還
「だからオッドは後悔しているんだ。二人とちゃんと話せば良かったって、今までずっと」
「そうして自ら語りに来ることもせず、君を伝言板代わりに寄越した。それのどこに誠意がある?」
「誠意の有無は自分の口で語る以前の問題だろう。オッドにはもう「眠り」の時期が来ている」
リミオスが息を飲むのがわかった。静観を決め込んでいたカラゼクにも僅かに動揺が走る。
「私はオッドの伝言板でもないし、アルフィニオスの形見でもない。自分でここにいると決めたから、ここにいるんだ。それを勝手な推測で決めるのは、やめろ」
言いながら段々と怒りが募ってくるのがわかった。何に腹を立てているのかもわからずに、ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。
そして、ずっとリミオスに問いたかった言葉が口をついて出た。
「どうしてこんなことをしたんだ」
それはライのことを含め、アスがエルダンテに追われるに至ったこと、そして現在まで続く一連の事柄を全てひっくるめた上での問いだった。
──どうしてこんなことを。
誰かの死を見る度に幾度となく、自分へ問いかけた言葉である。
同時に、その背景にいるであろうリミオスにも向けた言葉でもあった。
それを遂に本人を前にして言い放ったわけだが、リミオスは表情を崩さずに立ち上がると、階段の中腹に置いてあった本を取りに戻った。遠目からでも古ぼけて見えるそれを脇に抱えてアスの前に戻り、再び屈みこんでアスの足元に本を置く。
「懐かしいだろう」
そうは言いつつもリミオスの口調に懐古の情などない。逆に、問いかけられたアスは目を見張った。
懐かしく、そして身を切るような思い出も共に喚起させる赤い表紙には嫌というほど見覚えがある。ほつれた背表紙からは糸くずが飛び出し、日焼けして黄ばんだページの端々はぼろぼろに崩れて歪な形を成している。
この玉座の間にあって過去においては神々しささえまとって見えた本だが、今はその欠片すらない。どこぞの本棚の肥やしにでもなっていそうな風体である。
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