第二十八章 帰還
不意に、リミオスの声が近くなる。驚いて振り返ると、目の前で屈みこんだリミオスがにこりと微笑んだ。
「ユアロからも、イークからも。もしかしたらリリクもいるのかな。感想を聞きたい」
感想など、と言おうとしてアスは言葉を飲み込む。オッドやイーク、皆の顔が浮かんだ。
「……ユアロっていうのはオッドの昔の名前なのか」
「オッド?……ああ、今はそういう名前なのか。そうだよ、兄さんの昔の名前から取った。イーデュアロ、からユアロと親しみを込めてね」
リミオスは屈めた膝に頬杖をついて、小さく息を吐く。
「元々彼に名前などなくてね、賢者として目覚めた途端に人間であった頃の名前は忘れてしまったんだよ。だから彼はその内に、過去に出会った『時の神子』の名前を繋げて己の名前とするようになった」
すう、と息を吸ったリミオスはその名前を暗唱し始める。口にし慣れたらしい言葉は淀むことなく、すらすらと続けられた。
彼は何度、このようにしてオッドから教えられたのだろう。
「……ユアロ、ヘディビオッド。兄さんの名前だけ正確に連ねられなかったのは、過去から逃げたいがためにそうしたんだろう」
「じゃあ、カラゼクも『神子』だったのか?」
「違う。兄さんの名前から貰ったのは親愛の情からだけだ。兄さんは普通の人間だよ。ただ、人より少し力が強かっただけでね」
アスは息を飲む。オッドの記憶の中の光景が思い出された。
身を固くしたアスの様子に思い当たり、リミオスは小さく息を吐く。
「……なるほど、ユアロは本当に全てを君に話したらしい。やはり君がアルフィニオスの形見だからかな」
言葉を返せずにいると、リミオスは笑ってみせた。
「さすがに偽善者らしい仕打ちだ」
「そんなことは」
「ないと本当に言い切れるかい?ユアロは自分でも、自身をそう思っていただろう。賢者としての欲に負けて、私たちを見守るそぶりをしながら結局は目を背けた。……偽善というより卑怯と言った方が正しいかもしれないね」
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