第二十八章 帰還



「予言書……」

 それはかつて、ライを『時の神子』として選定した書物だった。

 腹の底に湧き上がっていた怒りが瞬時にして勢いを失っていく。

「予言書、とは良い名前を得たよ」

 本に見入っていたアスの視線の先で、リミオスが無造作にページをめくる。

「全てを聞いたなら、私たちがどれだけの年月を生きてきたか、わかるだろうね」

 まるでわからないことを馬鹿にするかのように言う。

「イークがヘイルソンと契約する少し前、エルダンテとリファムが戦争状態にあった頃からずっと、私と兄さんはこの世界を生きてきた」

 心地よい音を響き渡らせてページはめくられていく。静けさだけが支配する中、その音と共に聞こえるリミオスの言葉からは微かな怒りが滲んでいた。

「君には想像もつかないだろう。夕刻に別れを告げた友人が、次の朝には家もろとも焼けている日常など。毎朝、太陽を見ることが出来る奇跡に感謝したこともないだろうね。……私たちはそういう日常の中で育って、そしてそんな世界を変えたかった」

 やがてページは終わりを迎え、ぱたん、という軽い音と共に裏表紙が閉じられる。

「ユアロとアルフィニオスは、そんな世界でただ一つの奇跡に見えた。彼らがいれば世界が変えられると思った。彼らと共に学べば、世界を変える方法も見つかると信じていた」

 その中で、と言ってリミオスの手が予言書の裏表紙を撫でる。今まで全く見せなかった過去を懐かしむ表情が初めて見え、それらの記憶は彼にとって本当に宝物のようなものだったのだろうと察することが出来た。

「アルフィニオス神書に匹敵する物さえ作れば、彼らと共に世界を変えられるのではないかと考えるようになった。少なくとも最初は、ただあの本に並べられるだけの物を作れればと思っていたのは本当だよ」

 リミオスの声ばかりが室内に響く。なのに、静寂はその重みを増していった。

「だが、アルフィニオスはそれを許さなかった。私たちの真意を問うこともせず、そしてユアロも遠巻きに見るばかりで……」

 裏表紙を撫でていた手の動きを止め、強く握り締める。

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