第二十六章 記憶
「……リリク」
咳払いをしてオッドがたしなめる。我を忘れてイークへの恨み言の数々を並べ立てていたリリクは顔を赤く染め、先刻より落ち着いて話の軌道を修正した。
「……まあ、そういう経緯があいつにはあるってこと。そんなんだから、イークはリミオスとカラゼクのことも知っているし、出来れば二人と戦いたくないとも思ってる」
「……だから、私や皆に今まで言わなかったんだ」
確認の意を込めてオッドに問うと、彼は頷いた。
「彼らは世界を恨み、そして世界と共に死ぬことを望んでいる。その行動に走らせた原因がわしにあるとすれば、そなたや皆の手を借りる為には隠すしかなかった。結果的に皆は受け入れてくれたが、話せば軽蔑されるような事をしたことぐらい、わしとてわかる」
「それでも、『時の器』は完成させてはならない。例え、あんたに嘘をついてでもね。その齟齬がオッドもイークも苦しめていたと思って、許してやってちょうだい。男は嘘をつくのが下手なのよ」
腕を組んで言いのけるさまは堂々としたものだった。オッドもこれには返す言葉がなく、苦笑するに止まる。その様子を見たアスも心から笑みが零れ、小さく笑ってみせた。
だが、笑いながらも耳は妙に静まり返った城内へと気配を探っていた。元々、人の気配の少ない城ではあるが、自分たちが転がり込んだことでいつもよりは賑やかだったはずである。
それが、今はどうだろう。以前の状態に戻った──それよりも静かな気がする。窓の外で鳴く鳥の声が室内で響いて聞こえるほどだ。
むき出しの刻印へ微かに意識を集中させ、アスはシーツを掴む手に力を込めた。
──行かなきゃ。
笑みをおさめたアスの表情に気付き、リリクとオッドは頷く。
「皆は既に戦場にいる」
「あんたの連れ子二人が待ってるわよ」
誤解を生みかねない単語でリリクが言うと、それを聞いていたのか、扉の外で待っていたらしいヴァークとサークが顔を覗かせた。心配そうな顔の二人ににこりと笑って頷き、アスはベッドから降りる。
「行ってきます」
そう言うと、アスはベッドの傍に立てかけてあった剣を手に取った。
二十六章 終
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