第二十六章 記憶



 だが、と言った紅い瞳に微かな哀惜の念が混じった。

「いずれ起こるものを我々の手で起こしたところで誰が罰する?「天」は完全なる傍観者だ。救いもせず、罰しもしない。だから、私が「天」に代わって手を差し伸べてやろうというわけだ。戦いたいのなら戦えばいい。……だが、そこに『時の器』は邪魔だ」

 頭を垂れていたガットがわずかに顔を上げる。

「どうせ大したことも出来ぬと放っておいた小僧がこんな所で芽吹くとはな。……仕方ないから、少し「天」の遣いの真似事でもしてやろうか」

 くつくつと喉で笑い、ヘイルソンは立ち上がった。

「さて、この世界は戦争をするに足る広さを持っているのかね?」

 先刻、視線を巡らした背後へ再び神経を張り巡らす。そこにはただ木々が生い茂り、森が広がるだけだったが、彼には見えていた。

 黒々と蹲る森の向こう、エルダンテへ抜ける街道で馬を走らせるロアーナの姿を。


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 リファム王城の西の湖で停止した城から拠点を移したアスたちは、奇異なものでも見るような目で眺める兵士たちを横目に、着々と物資を移していった。いくら大国の城に拠点を移したとは言え、一気に増えた人数分の馬や武器といった類のものまで揃えられるわけもない。城の兵士たちも手伝っての引越し作業は街の人々の注目も集め、野次馬の列が厚みを増していくのが遠目からでもわかった。

 王城の一室からそれを見ていたアスは小さく息をつき、ようやく中天に上ろうかという太陽を見上げる。

 白々しいまでに明るい陽光は何事も無かったかのようにアスの体を温めた。しかし、ヘイルソンから聞かされた言葉が心に重く圧し掛かり、その温かさも上滑りなものに感じられる。

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