第二十六章 記憶



第二十六章 記憶


 小さな手の平を開いたり閉じたりしてみる。そこに刻まれたものは確かに自分のものであるはずなのに、どこか他人の感が拭えない。フィルミエルが死んでからというもの、その感覚は如実なものとなっていた。

「ソン」

 空気が固くなる気配がし、低い声に反応してソンはその場に跪く。

 折りたたんだ翼を広げ、閃光と共に現れたヘイルソンの顔には明らかな動揺が見て取れた。

「エルダンテの様子は」

 服についた埃を払いつつヘイルソンが問う。それにはソンの後ろで同じように跪くガットが答えた。

「リファムが撤退したことに動揺しながらも、一時後退。北の国境にある平原で出方を見守っているようです」

「全く、どいつもこいつも人の努力を無下にしてくれる……」

 溜め息と共に呟いた。

 しばらく黙って様子を窺っていたソンだが、無言を解いて顔を上げる。

「ヘイルソン、リファムとエルダンテを争わせるよりも、『時の神子』を先に捕えて始末すればいいのではありませんか」

「フィルミエルが消えて人間並の感情でも持ったか」

 面白そうに笑い、ヘイルソンは岩に腰掛けた。ソンはぴくりと肩を震わせる。

「人の足掻きはいつ見ても面白い。特に、人としての時間を離れた者のはな。しかし、それが障害となるのであれば排除せねばなるまい。お前は最もわたしに近いはずだが、離れすぎて自我でも芽生えたか?もう一度、わたしの中に戻るかね」

 そう言って冷ややかに笑う。

──決して、自分を許すことがないくせにそういうことを言う。

 言葉を返さないソンへ溜め息をぶつけ、ヘイルソンは何かに気付いたように背後を振り返った。その口許に笑みが浮かぶ。

「……戦争は人間の十八番だ。「天」が介入せずともいずれは起こる。我々は傍観者でなければならないからな」

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