第二十五章 奪還



 いや、と言い掛けたライがベリオルへ視線を向けるのに気付き、イークは僅かに体をずらして遮った。

「国軍は全て撤退させたから、これから騒がしくなるぞ。オッドたちがこちらへ来たら改めて話をまとめよう。だから今のうちに体を休めておけ」

 黒い瞳がこれ以上の会話は受け付けぬとばかりにライを見据え、そしてライもまた、かける言葉が見つからなかった。辺りに漂う血の匂いと、あまりにも静かなイークの声が沈鬱な空気へ重石を乗せる。

 頷いたライはバーンとアスを伴い、早々に退室することにした。踵を返した三人を見て、イークもまた背中を向ける。

 だが、扉まで着いたところでアスは息を吐き、二人へ先に行くよう告げた。一瞬、不思議そうな顔をしてみせた二人だが、察するところがあったのだろう。「わかった」と言い、扉を閉める。

 もう一度、息を吐いたアスが振り返ると、立像の如く立ったイークの背中が目に入った。

 旅路で汚れた外套に長く垂らした黒髪が揺れる。国王の威厳がそこにはあり、同時に、誰も寄せ付けたくないという拒絶が見て取れた。

 その背中がとても痛々しく、見ている者の胸を苦しくさせる。

「……イーク」

 声が辺りに響き渡った。

「休めと言ったはずだがね」

 はねつけるかのような言葉にいくらかむっとしながらも、アスはそちらへ足を向ける。

 すると、小さく笑う声が聞こえた。

「……つくづく自分が嫌になった。愛想をつかしたのはこれで二度目だが、さすがにこたえる」

 近くまで来て、アスは止まる。

「一度目は?」

「先王を殺した時だ。自分がどこまでも無力で、脆弱で、こうすることでしか国を救えない人間だと知った時に嫌になった。……皮肉だな、ベリオルは常に私の罪を教えてくれる」

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