番外編 おはよう



 農夫の家から少し離れた山沿いの家へ、ジャックは帰る。その小さな家は元々、農夫が若い頃に使っていたものだが、家族が増えたことにより、更に大きな家を造ったのが現在の家である。昔の家は誰かに貸して賃料でも貰おうかと考えていた、と彼は笑い、その目論見のお陰で、突然転がり込んだジャックたちも不便を感じることなく暮らせた。

──転がり込んだ、か。

 自分の言葉ながら、笑えてしまった。

 逃げる必要も、怯える必要もなかったのに、あの時の自分はあらゆる現実から彼女を守ることで必死だった。

 家は夕暮れの中で黒々と蹲り、その窓に明かりは見えない。いつものことだった。家に入ると閉じ込められた空気が押し寄せ、まずはその空気に逃げ道を与えてやる。窓を開けると、少しだけ冷えた風が交代で入り込んだ。

 しばらく窓辺で顔を冷やしてから、ジャックは踵を返して奥の部屋へ赴く。一本だけ伸びた廊下には二つの部屋があり、奥に位置する部屋のドアを開けた。

 そこだけは、いつも風が巡っている。窓も開けていないし、通風口があるほど気の利いた作りでもない。だが、ジャックがドアを開ける度に彼の頬を打つのは、常に澄んだ風だった。

 それが、ベッドに横たわるロアーナの所為だと気付くのに時間はかからなかった。

──バランスが崩れているのかも。

 半年ほど前、『時の神子』を巡る争いに加わり、その中でロアーナは段々と自分の弱さに押し潰されていった。初めは上手くいかない任務の遂行、そこへリミオスへの不信が圧し掛かり、エルダンテ国王の死が結果的に彼女の背中を押した。

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