番外編 おはよう
番外編 おはよう
初めて見かけた時、掃き溜めにツルとは正にこのことだと──僥倖だと思ったんだよ。
大きな鍬が弧を描いて、畑へ振り下ろされる。そうして掘り起こされた土からは腐葉土の匂いがし、時々にはミミズが顔を出すこともあった。それは肥えた土の印だと言って、この辺りの農夫たちは揃って笑う。日に焼けた顔には大地への喜びと、ようやく訪れた恵みへの感謝が溢れ出ていた。
「やっと使いものになってきたな」
畝を三列作り終えたところで、既に畑の半分ほどを耕し終えた農夫が声をかける。
鍬にもたれかかりながら、ジャックは苦笑した。
「やっと?」
「年寄りが半分やってる間に、ちまちまやってるようじゃな。まあ、鍬の使い方はさまになってきたか」
「そりゃあ、半年もじっくり教えられたら覚えるよ。しかも、軍隊も真っ青のしごき方ときたら、普通なら逃げ出すところを……」
「馬鹿言え。それでこそ、農夫のありがたみがわかるってなもんだろうが。え?」
「はいはい」
答えながら大きく腰を伸ばす。その肩を農夫は強く叩いた。
「あと三列やったら昼飯な」
畑の傍に立つ家へ向かおうとし、「半年か」と呟いて立ち止まった。作業に戻ろうとしていたジャックが顔を上げると、農夫は体を半分だけこちらに向ける。
「あっという間だったな、お前らが駆け込んでから。……嬢ちゃんの様子はどうだい」
彼の声には気遣う色が見える。それに、心からの笑顔で応えられないことを申し訳なく思いながらも、ジャックは小さく笑って応えた。
「元気だよ。いつもの通り」
+++++
風は夏の終わりを告げ始めていた。むっとするような空気の中にも、時々、清涼な風が一筋流れては、人々に秋の予感を抱かせる。うだるような暑さで、日中はそれこそ空気をかきわけつつ歩くようなものだが、夕暮れにもなると空気の重さはがらりと変わった。真夏では考えられない変化に、皆は口をそろえて過ごしやすくなったと笑った。
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