番外編 おはよう



 軍人としての誇りを折られたロアーナは、清濁の判別もつかぬほどにまで壊れた。頼るべきものを失ったことで、誰かを責めなければ己を保つことも叶わず、そうして失った左手は奇しくも、その時の彼らが敵としていた者によって再び与えられ、そこでロアーナの人としての心は完全に打ち砕かれた。

 己の中に潜む獣を自由にしたのである。

 獣は彼女が最も憎む者へ牙を剥き、しかし、すんでのところでその牙は折られた。それが結果的に良かったのか悪かったのかはわからない。彼女はそれからというもの、ずっと眠り続けているからだった。

 ライやアスが幾度となく見舞いに来ても、ロアーナはぴくりともしない。そのうち、ライがぽつりと呟いた言葉がこの言葉だった。

「バランス……」

 ロアーナの法力は馬鹿に出来たものではない。

 それが、彼女が心の均衡を失った時から不安定な状態を継続していたとしたら、この長すぎる眠りは、崩壊したバランスを癒すためのものかもしれなかった。部屋に巡る風は、その一端がほんの少し顔を出したものなのだろう。

 あれ以上、ライたちと共に行動する意欲も失い、ロアーナが好奇の目で見られることが我慢ならなかった。そしてとうとう、全てが終わった頃を見計らって、彼女を連れて逃げるようにあの城を出たのだった。

 正しかったのだろうか、と今でも思う。あのまま城にいて、誰か法力関係に明るい者の診断を受けた方が良かったのかと。

 だが、耐えられなかった──ロアーナの盾になりきれなかった。それがジャックの弱さだった。

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