第九章 遠い家



 元は大地であった部分は例外なく、瓦解するように血混じりの砂へと変化していく。その速度は凄まじく、砂の領域は黒い森まであと一息というところまで迫っている。そこでようやく、砂の侵食というのが一番適当な表現であるように思えた。

──それにしても、何だこの血は。

 大地が砂へと変化するのはまだ理解の範疇である。しかし、どうしてそこに血が混じっているのだろうか。鼻孔をつく鉄の匂いは、ここ最近で嗅ぎなれたものに間違いない。まさか地下に死体でも山積みになっていたのか、と考えて身震いする。あながち冗談でも済まされない昔話を昼に聞かされたばかりだ。

「……ったく」

 砂であるだけましか、と前屈みになって進む。土の塊であれば、こうして降り注がれただけでも致命的な怪我を負いかねない。むき出しになった腕や顔に段々と傷が増え、絶え間なく降り続ける雨が染みて痛む。しかし、その雨も、服に染み付いた血までは洗い落とさなかった。傷はいいが、服が血で汚れるのはたまらない。

 水よりも行く手を阻む砂に閉口しながら、カリーニンは何とか森との際に上がった。眼前に巣食う暗闇に一瞬驚きながら、アスを横抱きに抱えなおす。かくん、と人形のように垂れ下がる手足が不安を煽った。その間も砂の侵食は続き、カリーニンは一歩二歩と森へ追い詰められていく。

 耳を支配する砂と雨の音に顔をしかめながら、カリーニンは身を屈めた。先刻まで耳にしていた蹄の音が本物ならば、未だ追っ手はすぐ側にいるはずである。轟音が辺りを支配する中で、音によって確かめることは叶わないが、一番確かな目で確認しようと茂みから顔を出した。

 噴出の勢いが衰えない砂と雨の向こう、森の手前で闇がうずくまっている。周囲の闇と同じか、それよりも暗い。何者かによるものか気のせいなのか、今の状況では判断しかねた。

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