第九章 遠い家



 地面が揺れているのではない。地面を含め、この辺りの空気そのものが揺れているのだ。振動を感じる瞬間、肌に小さく電流が走るような圧迫感が襲う。その連続を揺れだと感じていた。

 そもそも揺れているという形容自体正しいのかどうかもわからない。しかし、体で感じてそれを言葉にするならば「揺れている」としか言い様がない。

 何者かの心臓が脈打つような揺れを、カリーニンは経験したことがなかった。この辺り一帯が魔物の体で、小屋があった部分が心臓だった、と言われた方がまだ信じられる気がする。

 あまりにも静かな状況の変化に判断しかねていたその時である。めり、と何かが破れる音がしたと思った瞬間、足元の地面から爆発するように血の混じった砂が噴出した。

「な……」

 絶句している間も刻々と地面は血の混じった砂へと変化し、そこへカリーニンの体重も手伝って体が沈んでいく。泥にもなりきれない砂は赤黒く、鼻を鉄臭い匂いがついた。顔にこびりつく血をぬぐったところで、初めてカリーニンは事の重大さに気付き、慌ててうずくまったままのアスを抱え上げる。

 苦もなく抱え上げられたアスの四肢に力はなく、気を失っているのだとわかった。暴れられる心配がないのは幸いだが、何がアスに起こったのかわからない手前、そのまま幸運を喜んでもいられない。

 カリーニンは辺りを見回しながら砂をかきわけた。ずず、とそれまで黒かった大地が流動性の高い砂に変化していくさまは、まさに奇跡を目にしているようである。

 奇跡と言うべきか、悪魔の技と言うべきか。振り返れば、小屋は既にその半分を砂の中に浸し、噴出する砂を上から被って完全に見えなくなるのも時間の問題であろう。

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