第九章 遠い家



──どちらにせよ。

 こうなった以上、カリーニンが取る手立ては一つしかなかった。ティオルからどれだけの情報が流れたかは不明だが、西に抜けるのは得策ではない。

 ここからは南へしか抜けられないというのは、あまりにも知られた事実である。逃亡者が事実に従って南に抜けるわけがない、という根拠のない自信にのっとってリファムが動くなら、西に軍を展開するはずだ。今更、警備の増強された王都に戻るのも、ましてや八方塞りになりかねない北へ抜けるのも得策とは言えない。

──南へ行くしかないか。

 グラミリオンの動向を窺いたいと思っていたのだ。不幸中の幸い、と自分を励ます。あとは軍を動かしている人間が馬鹿であることを祈るだけだった。

 腕の中で深い呼吸を繰り返すアスを見る。先刻のような脂汗も見当たらず、苦しんでいたさまが嘘のように穏やかな顔をしていた。このまま眠っていられたならば、どれだけ楽だろうかとさえ思わせる。

 だが、そんなことが叶わないのもカリーニンは知っていた。

 事態は既に展開を見せている。その象徴がこの赤い砂であり、ティオルだ。夢を見ているだけの時間はもう終わりを告げていたのだろう。

 アスを抱えなおし、カリーニンは立ち上がる間際、ちらりと小屋のあった場所を振り返った。完全に砂に埋もれたそこは小屋があったことすら疑わせるほど、のっぺりとした顔を暗い空に向けている。あそこに一人の女性の生活があったことなど見る影もない。ただ淡々と増え続ける砂は、その憎悪すらも飲み込んでなかったことにしてしまう。

 不意にティオルの笑顔が思い出され、カリーニンは苦いものを飲み込んだ。どうして笑っていたのか、アスに諭すことが出来るのはいつになるだろうか。

 砂丘にひきつけられる視線を無理矢理そらし、カリーニンはゆっくりと立ち上がった。さらさらと流れる砂の音が耳に痛い。

 大きな背中が暗い森の中に吸い込まれていくのを、赤い砂丘はただ黙って見送るのみだった。



九章 終

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