五、白の王様の話。


「邪剣か。」

少女と邪剣は、炎の国の大きなお城で、邪剣の噂を聞いた白の王様に謁見させられました。
顔の右側に大きく引きつった傷跡を持った、まだ年若い王様でした。それいたいですか、と少女が問えば、もう分からないと王様は答えました。
王様は悪い人間ですか、と少女はいつものように問いました。

「悪い人間だとも。私は暴虐の王だ。敵だけではなく同胞にも冷酷で暴虐だ。私は万を手に入れるために一の犠牲を厭わぬ。多くを守るためなら裏切ることを厭わぬ。自分を慕ってくるものを蹴落とすことを厭わぬ。それが何だというのだ? お前はそんなことを聞くが、お前の持っているその邪剣こそ真の悪ではないのか。それが今までどれだけの人間の血を吸ってきたか、知っているか。」
「そうだぞ。俺は邪剣だぞ。悪いんだぞ。最近お前はそれを忘れて俺をないがしろにしている気がする。」

どこか嬉しそうに邪剣ヘルムートは白の王様の言葉に同調します。少女は邪剣ヘルムートはちょっと悪ぶっているだけの、素直じゃなくて、少し間抜けで、とても人間臭い剣だと思っていたので、それをそのままを王様に伝えました。邪剣はぶつくさ文句を言っていましたが、少女が鞘をぺちりと叩くと、鞘は止めろと悲鳴を上げて黙りました。

「その鞘は、どうしたんだ。」
「鞘がどうかしたのかって。こいつが。」
「それは、俺の鞘だ。ああ、そうだ。それは俺の鞘だった。俺の家族が、いつだったか、俺にくれた鞘だった。誰一人俺と血が繋がっていないくせに嬉しそうに笑って、おめでとうだのここまで無事に育ってくれてありがとうだの何だの言って寄越してきやがった鞘だった。馬鹿共が。」

少女は白の王様が何を言おうとしているのかを知っていました。少女は灰の鳴鳥の歌を思い出します。

訳有りの白髪の少年は黒髪の少年と出会い。
やがて同じ男に拾われ兄弟となり。
紅の女と蒼の人と固い絆で結ばれた友となり。
四人は共に戦い共に死線をくぐり共に生き共に勝ち共に将軍として立ち。
いつしか英雄と呼ばれるようになり。
時に国土を広げ時に国土を守り、共に国を支え生き。
愚王に代わって民を纏め護り。
けれど、やがて、白髪の少年は。

白の王様は忌々しそうに吐き出します。

「何だ、あいつらは馬鹿か。あの男は、俺の本当の家族を、母さんを、小さな妹を、殺しておきながら、俺を拾って家族だと言って、迎え入れやがって。血もつながってねえのに、チビ共は、ちいあにうえ、なんて呼んで懐きやがってよ。皆、みんな俺に殺されやがって。」

義兄の、黒髪の男の家族だった人たちを、みんな殺して。
自分の家族だった人たちを、みんな殺して。
自分が殺される前に、みんな殺して。
それが彼の恨みを晴らすための唯一の方法だったので、みんなみんな殺して。
それが彼の願いを叶えるための唯一の方法だったので、みんなみんな殺して。
腕を切り落として。
足を切り落として。
首を貫いて。
憎くて。
殺して。
憎くて。
殺して。
憎くて。
殺して。
憎かったはずで。
殺したかったはずで。

黒の将軍は、彼を殺せず、国を追われました。
蒼の将軍は、力を与えたことを、悔やみました。
紅の将軍は、何も、誰も、止められませんでした。

そんな悲しい歌を思い出しました。


「……鞘は捨てられたのに、畜生、この感情だけは、未だに、捨て方が分からねぇ。」

目の前の、砕けた口調で吐き出し、顔を歪めて苦悶する姿が白の王様の本当なのだろうと少女は思いました。そして、少女は蒼の将軍の言葉を思い出しました。この人は、見誤ってしまったのかもしれない、とそんなことを考え、邪剣の柄にそっと額を寄せました。

「気付いてないの、だってよ。こいつが。」
「何をだ。」
「『家族』って、呼んでたこと。今も、呼んでること。」

そのまま王様にひとつお辞儀をし、背を向けて、少女は大きな扉を開けました。ぎい、と軋んだ音がして暗い応接間に光がさしていきます。灰の鳴鳥の歌の持っていた不思議で美しい色は、きっと、愛とか、絆とか、そういう優しくて大切な気持ちの色だったんだと、少女は分かりました。ずっと昔、少女もその気持ちを貰ったからです。そして今、少女もその気持ちを持っているからです。

「……悲哀も、憎悪も、この国の狂った仕組みも、全ては俺で終わらせなくてはならない。それが、生き残った俺の果たすべき……。」

少女には白の王様もやっぱり悪だとは思えなかったので、邪剣ヘルムートを抜かないままでどんどんどんと先に進みます。背後では、白の王様が王様らしく冷ややかな表情を作っているところでした。




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