四、黒の男の話。
「何故子供がこんな場所に居る?」
少女と邪剣は、炎の国と冥眼の森との境界付近で、黒の男に出会いました。 男は真黒いマントを羽織り、黒い髪の下で眉間に皺を寄せていました。胡乱気な表情を見せる顔の真ん中には一本の大きな傷跡、その周りにも小さな古傷がたくさんたくさんありました。それいたいですか、と少女が問えば、もう分からないと男は答えました。
「普通の人間は森に近寄らない方が良い、精神を喰われるから。」
そう静かに忠告してくれる男に少女は首をかしげます。でもさっきこの人は、冥眼の森の方から出てきたような。少女は、おじさんは普通の人間じゃないのかな、などと思いましたけれど、邪剣ヘルムートは何も言ってくれなかったので、思うだけにしておきました。 とりあえず、あなたは悪い人ですか、少女は例によってそう問いかけることにします。
「そうだな。悪い人間なのだろう。義母が手足をもがれている時、俺は何も知らずに遠征に出ていた。幼い弟妹が無残に殺され泣いていた時、俺は何も知らずにその犯人ではなく敵兵を斬っていた。力が有っても、何も守れはしなかった。」
男は苦々しげに答えました。その言葉に、少女はずっと昔に死んだ母のことを思い出しました。紅の将軍の言葉を思い出しました。
「悲しい、苦しい、間に合わないなら、助けられないなら、最初から出会わなければよかった、ってそう思ったことはあるかってよ。こいつが。」 「ある。けれど、きっとそれは違う。無くして、悲しんでも、苦しんでも、己の無力を悔いても、運命を呪っても、きっと構わない。しかし、その始まりを否定すれば、それらが与えてくれたものも否定することになってしまうだろう。それは、きっと良くない。」
男は邪剣ヘルムートの収まっている黒い鞘を見つめ、そっと左の手で撫でました。
「……いや、そうだと、俺が信じていたいだけだ。」
男は苦しそうに口元を緩め、少女の頭をぽんぽんと撫でました。 少女には黒の男も悪だとは思えなかったので、邪剣ヘルムートを抜かないままでどんどんどんと先に進みます。背後では、甲高い少年の声が男を呼び、そして彼が声の方へ歩き出す気配がしました。
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