冥眼の魔女は全てを知っている。この世の万物を『見て』いる。それが彼女が選んだ力で、代償は命の限・躯・彼女の全て。戦火が全てを呑みこんだ夜、一族の皆が血に伏す中で、彼女は祈った。

『本当は、わたしはわたしの持てる全を以てあなたを』

彼女の願いは、幼い頃に手を離してしまった弟と再会したい、ただそれだけだった。両親を亡くしたちいさな姉は些細なきっかけでもっとちいさな弟に八つ当たりして。幼い弟は泣きはらした目のまま家を出て行って、そんな時に運悪く戦争が起こって。逃げ惑う大人たちの足元を潜り抜けて、どんなに必死に叫んで探しても、彼の行方は分からなくて。

『あなたを護らなければならなかったのに……わたし、は……』

けれど彼女が世界の真理を解き明かし全てを『見た』時には、彼の人生の全てを『見た』時には、もう全ては手遅れだった。ウォーロックは彼に何もしてやれなかった。弟は、物心つく前に生き別れた姉の存在など知らずに、ひとり孤独と理不尽にさらされ、大人になり、そして。ぼろぼろと零れる涙も何の役にも立たない。だからこそ彼女は償うように、永遠に等しい時を生き、百年に一度だけ自分の信念に反する毒を作るのだ。弟の憎しみと一族の冥い眼で出来たあの森へ、彼が憎み堕としたあの場所へ、呪いを歌う花を摘みに行くのだ。

長い永い時を生きるうち、何のことも知ることはやめてしまって、平和と平穏を求めるうち、自然と一人になったけれど、それで構わなかった。構わなかったのだ、けれど。

『私の腕。落ちていませんでしたか』

冥眼の魔女ウォーロックのそんな平和と平穏を壊したのは、嵐を呼ぶ争いの申し子で、黄金の銃剣士で、兵器と呼ばれる忌避すべき存在で、己の片腕がもげても何の感情も顔に出さない人形で。木は折るし物は壊すし庭は荒らすしとにかく加減を知らない人形で。それでもウォーロックは、そんな奇妙な友人を大変好いていたのだと、失ってようやく気が付いた。




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