「……気のせいかしら」

枯れ枝でいっぱいにした籠を背負ったまま、ウォーロックは目を擦った。自分用の小さいテーブルに、大きい人影が座っているような気がする。しかも。

「何だか二人いるような気がするんだけれど、私の気のせいかしら」

ついにこの身体にもガタが来たのだろうか。いや、それはおかしい。まだこれを使い始めて十年ほどしか経っていないはず。

「大丈夫です。これは幻覚ではありません。ウォーロックの目は正常です」
「僕が居ては何かおかしいのか。魔女よ」
「おかしいと言えば、二人ともおかしいんだけれど」

あれから、手足の崩壊が収まった二人は残った腕で寄せ集めのパーツを使い適当に己を修理し、しばらくの間、どこか気まずそうに顔を見合わせた後、共に元来た方へ飛んで行った。はずだ。棲家に戻ってからも気になって『見て』しまったウォーロックが言うのだから、確かに。何故ここに。

「『家』を壊してきたからです」
「……はい?」
「王に聞いたら好きに生きていいと言いました。許可を得ました。それでも国営賭博場つまり軍は駄目だと言ったので、撃ってきた国軍兵器たちとドームそのものを我々が全て破壊してきました。全てです。もう追ってこないでしょう。晴れて自由の身です」
「僕も壊した。モールドレの居ないあの場所に未練も興味もない」
「プラティーヌ。知っていますか。それは愛の告白というものです」
「断じて違う。お前は自惚れが過ぎる」

状況が凄まじすぎて飲み込めないウォーロックを置き去りにしてズレた会話を展開する二人。つまりあれか、この二体は、家出どころか、家そのものを破壊するという暴挙に出たというのか。若さって怖い、ウォーロックはつい遠い目になる。若さって、こわい。すると、それを察したのかモールドレは弁解するように手の平を見せる。

「前言を撤回します。プラティーヌが一体で全て破壊してきたので問題はありません」
「ふざけるな。訂正を要求する。間違いなく過半数はお前が破壊した、モールドレ」
「百歩譲っても私が破壊したのは全体の三分の一です」
「いいや二分の一だ。我らが土の聖霊スーラに誓って半数だ。それ以上だ」

あなたが、お前が、と言い争うその姿は、幼い兄弟が互いに悪事の責任を押し付け合っているようにしか見えない。なんだかんだ言って、やはりこの二人は仲が良いのだ。そのほほえましい光景とは裏腹に、内容は物騒過ぎるが。二人の話が本当なら、某国軍の受けた損害はとんでもないものになっている、はずだ。モールドレ一体ですら手に負えないからプラティーヌに連れ戻させるよう仕向けたのでしょうに、ミイラ取りがミイラになっちゃって。そんな同情めいた考えも浮かんだが、国内がどうなろうと自分に実害はないので考えることを放棄する。ついでに、元をたどればウォーロックのせいだという事実も世界の彼方まで吹っ飛ばしておく。

「それと、仲直りをしに」
「……へ」

唐突なモールドレの言葉に目が点になる。仲直り? 二人の仲直りならもうとっくに済んだように見えるのだが。

「だって、喧嘩したならちゃんと仲直りしないとダメなのでしょう」

プラティーヌも小さく頷き、二人でウォーロックの眼前まで迫ると。

「だっ」

ゴン、と拳を振り下ろした。痛い。ものすごく痛い。魔女でなければ死んでいるんじゃないかしらと思う程度には痛い。両成敗とはこれでいいのですか、いいのか、と見下ろしてくる金と銀の瞳。

「なによ……なんなのよアンタたち……あれも喧嘩にカウントするっていうの……」

視界が歪むのが、痛みのせいなのか、それとも他の何かのせいなのか。それが分からないほど子供ではなかったけれど、かんしゃくを起こした子供のように、素直になれない自分がいる。

「あ、あの毒はやりすぎたかなって、後になって自分でも反省してたのに、なんかアンタたち意外とぴんぴんしてて損した気分だし……っ!」
「それは同情します」
「それに、それにわたしは……っ!!」

プラティーヌはともかく、モールドレに嫌われたかもしれないいや絶対嫌われたと思い悩んでいたのに。本人は何事もなかったかのように実にけろっとしている。決定的な亀裂を入れてしまえば、それはもう戻らない。それは、裏を返せば、決定的に離れてしまわない限り何度でもやり直せるということだと。それは自分の言葉では、知識ではなかったか。ウォーロックは知っていた。知っていた、だけだ。ぽろぽろ、と目から何かが零れたような気がした。

「……ウォーロック。覚えていますか」

モールドレが口を開く。高く結い上げた黄金の髪が柔らかに揺れた。

「ウォーロック。覚えていますか。あなたは私に初めて遭遇した日、私の髪を結い上げました。私の髪を綺麗だと言いました。垂らしていて剣に切られるのは惜しいから結びなさいと言いました。そんなことは造られてから初めて言われました。私は人形です。私は兵器です。生きている木を折り誰かの物を壊し花咲く庭を荒らす兵器です。でもあなたはそれを一々叱りました。まるで普通の人間にするように叱りました。あなたはしばし私の事を客だと、友人だと言いました。まるで普通の人間を呼ぶようにそう言いました」

モールドレは淡々と続ける。

「私は人形です。私は造られてから一度も人間になりたいと思ったことはありません。でも私はウォーロックの友人でいたいと思ったことはあります。ずっとずっと思っています。ですからウォーロック、仲直りをしましょう」

駄目ですかウォーロック、少し不安の色を落とした声音でモールドレが名を呼ぶ。金色の人形は、何処までも美しく、無垢だ。例えそこに自分のような醜い黒を一滴零されたとしても、それすら彩とし己の輝きに変えてみせる。ウォーロックは、ぽろ、と涙を零し、そして――。

――ドン。

一人と二体は音のした方へ一斉に顔を向けた。木が薙ぎ倒される音。少し先から、戦車や武装した大型のオートマタの群れが接近してくる気配をその場にいる全員が捉える。

「……何なのよもう……」
「壊しそこねたのですか」
「違う。雑な修理をして連れて来たのだ」
「理解」

黄金と白金の銃剣士は、鞘から大剣を抜き、視線を合わせた。

「おそらく同じことを考えています」
「間違いなく同じことを考えている」
「私は右翼。あなたは左翼」
「大勢屠った方が今日の勝者」
「勝つのは私です」
「勝つのは僕だ」

二体は互いに背を向け、寸分たがわぬ動作で剣を己に同化させ。刃根を広げると風を蹴り、一斉に加速する。

「――我が名はモールドレ。黄金の死。貴公らを屠るもの」
「――我が名はプラティーヌ。白金の徒。貴様らを屠るもの」

二人は口上を高らかに叫んだ。心なしか、二人の声は前に聞いたものよりも浮かれているし、その動きは軽やかだ。ウォーロックは急ごしらえの兵器たちに一瞬だけ同情を覚え――、まあ結局、その憐れみも頭の隅の屑箱に投げ棄てる。だって、彼女にとっては、そんなことよりも大事なことがあるのだ。

「わたしに……、わたしの住処にっ、迷惑をかけたら承知しないわよモールドレ! ちゃんと全部やっつけて、それで、ちゃんと、ちゃんと無事に帰ってきなさーーーい! ついでにアンタもよプラティーヌ!」

ぜえぜえと息を切らして精一杯叫んだ言葉の、その返事の代わりに、右翼から銃声が一発、遅れて左翼から、もう一発。
それを聞いて、ウォーロックは籠を下ろし、水を張った如雨露を萌える若芽たちに傾ける作業に没頭し始めた。顔が熱い。これが終わったら木を倒して組んで椅子の数を増やさなければならないし、そもそもテーブルは座るものではないと言うところから教えなくてはいけないのに。ああ、あと、家の入口の背を高くするのってどうすればいいのかしら。あの二人はウォーロックよりも大層背が高い。全体的に小さいこの家では大変かもしれないし。取りとめのないことを考えながら、遠くに目をやる。眩しい。白昼の高い日は踊る黄金と白金をより一層きらめかせる。ウォーロックが本当に赦してほしい相手はもうこの世にいないけれど、冥眼の魔女が本当の意味で赦されて、その人と仲直りが出来る日は、永遠に来ないけれど。その嵐は、その光は、魔女に巣食った罪と孤独を全て吹き飛ばしてしまうようで、とても、とても眩しくて。闇色の瞳に一つ炎を輝かせ、ウォーロックは金色に小さな手を伸ばした。


冥眼の魔女ウォーロックは平和と平穏を愛する人である。けれど、時に軍から刺客を差し向けられたり、時に庭を破壊されたり、時に主犯の黄金の人形を叱りつけたり、時に人形たちの相変わらずズレた会話を眺めたり。一人きりの平穏から大分遠ざかった、そんな生活もさほど悪くはないと。そう言って、彼女は心底幸せそうにその眼を細めたりもするのである。




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