兵器やオートマタが剣闘士として戦う国営の賭博場。そこが二体の『家』である。 広いドーム内で舞うように斬撃、銃撃、大量の戦車を屠っていく銃剣士。かの侵略苛烈な炎の国の紅蒼黒白四将軍、彼らの武勇譚を基に、土の国の機械王に造られた世にも珍しい自我持つ人形。白金の銃剣士プラティーヌと黄金の銃剣士モールドレ。
二体は『家』では敵無しの戦士であった、ただお互いを除いては。
「プラティーヌ。知っていますか。貴方では私に勝てない。不可能です。過去の戦績は百勝です。私が百勝です」 「確かにお前が百勝だ。しかし訂正を要求する。二百戦中百勝だ。僕も百勝だ。過去の戦績は全くの引き分けだ」
なればこそ、決着を付けぬまま一方的に消えることは許されない。モールドレは、私にはそんなにたくさん負けた記憶がありません、と呆けている。どうやら自分に都合の悪い記憶はさっさと消す性質らしい。そんなモールドレに苛立つでもなく、プラティーヌは淡々と剣を金の瞳に向ける。
「我が名はプラティーヌ。白金の徒。貴様を屠るもの」 「……我が名はモールドレ。黄金の死。貴公を屠るもの」
口上を口にするなり、二人は風を蹴った。
銃よりも砲と呼んだ方がしっくりくる口径のそれを放つ。しかし背の羽根は天使のように柔くない。刃根である。放射上に浮かぶそれを一弾一弾に対応させ、回転。粉微塵。火花が散る。フェイク。一気に間合いを詰め、一閃。ブーツの仕込み刃で剣を一蹴。それを銃身で受け、再び距離をとる。風を蹴り、駆る。加速。脚部のブースターが蒼炎を噴く。黄金と白金がぶつかり合い、白昼に踊る。
――あそこであれ以上戦っていても私はこれ以上何物にもなれないような気がするのです。
「……成程ねぇ」
二人の性格に違いはあれど、戦い方は全くと言っていいほど同じだ。ただ命令通り動くだけの兵器では相手にならない上に、唯一の好敵手は自分と同一。なるほど、そのままなら、確かにモールドレは彼女以上にはならないかもしれない。成長は他との交わりの中で得る力だ。ウォーロックはそれを知っている。同じものが決まりきった争いを繰り返した所で、切磋琢磨など、出来はしない、か。冥眼の魔女は、如雨露で庭の花々に水をやりながら、同時にとんでもなく短いスパンで攻守が入れ代わり立ち代わり繰り返される戦いを地上から眺め、そう結論付けた。
(高みを目指したいと願うのは、武人としての本能かしら)
彼女の自我にはかの将軍たちの武人たる魂が受け継がれたのかもしれない。まあ、四人の将軍のこともあの二体を造った機械王のことも深くは知ろうとしたことがないから、全てはウォーロックの推測にすぎない。
「私はあそこを出て行きます。家出です。もう帰りません。探さないでください」 「許可しない。それに探さないでくださいと言うのは時既に遅い」 「探さないでくださいと書き置いてきた筈です」 「そんな物は捨てた。僕は何も見ていない」 「知っていますか。それは横暴というものです」 「知らん」 「横暴」 「不服」
どこかズレた会話を交わしながら、刃と銃弾とを交錯させる。そしてまたあの一連の動作が繰り返される。かと思いきや。
「ん……?」
プラティーヌの蹴りが、モールドレの腹に入った。身体がおもしろいように吹き飛び、木に叩きつけられる。人形らしく痛覚はないのか怯みはしないが、人工物の皮膚が削げ、そこから金属が覗いている。あら、とウォーロックは片眉を上げた。これまでの二百戦の勝敗を分けたものが何なのか彼女は知らないが、今、明らかに、モールドレは。白金の銃剣士は、頬を拭う黄金の銃剣士を見、動きを止める。
「入った」 「はい」 「手を抜いた」 「はい」 「舐めるな。ふざけるな」 「私は真面目です。至って真面目に手を抜きました」
プラティーヌは銃を捨て、素手で、殴った。人工物の固い音がして、モールドレの顔が少しへこむ。でも、気のせいだろうか。白銀の目が歪む。
「決着を着ければあなたは諦めて帰ってくれるのでしょう。私はあそこを出たいのです。それに比べれば負け越しなど些細なことです」
馬鹿なのか、真っ直ぐなのか。口にしなければバレなかったかもしれないことを彼女は正直に告げる。彼は切り付けられでもしたかのように目を見開いた。人形たちの表情は変わらなくとも、その目はなんて雄弁に語るのだろう。冥眼の魔女は見た。プラティーヌの目が深く傷つき、モールドレの目が諦めにも似た決意を持っているのを。
「ふざけるな」 「ふざけてなどいません」 「お前は、何故」 「あなたこそ、何故」 「『家』から出て行きたがる」 「『家』に固執する」 「あの場所にしか僕の求めるものはない」 「あの場所には私の求めるものはありません」
ふざけるな、ふざけてなどいません。白金は殴り続ける。黄金は殴られるに任せている。誇り高い戦いでも何でもなく、ただの暴行と化したそれ。殴るたびに、殴られるたびに、黄金も、白金も、目が死んでいく。
「僕の誇りを、僕を切り捨ててでも、お前は、お前の為に外に出たいのか」
おねえちゃん。おねえちゃんは、ぼくのことなんて。
「……駄目よ」
冥眼の魔女は手にしていた如雨露を落とした。零れた水が固い大地をぬかるませてゆく。こんなことを。こんなことを続けさせては。
「……僕のことなんて、どうでもいいのか」
ぽつり、と言葉が零れた。おねえちゃんは、ぼくのことなんて。いけない。
「駄目って、言ってるでしょ!」
その答えが本心であろうと本心でなかろうと、言わせてはいけない。ウォーロックの行動は早かった。物音に目を向けたモールドレが口を開くよりも早く。魔女の業が、いわゆる魔術が、伝説で言われるような、もう少し破壊的で攻撃的なものであったなら、剣でも銃でもなく魔術が戦場を支配していたであろうし、ウォーロックの一族がその数を減らしていくことはなかっただろう。冥眼の魔女はそんなものなくても構わないと思う。自分には必要が無い。ウォーロックには知識があればいい。この世の万物を知れば、奇跡だって。小さな瓶を懐から取り出しコルクの蓋を抜き、重力という理を『壊し』、天高く浮かせて、中身を――。
轟。
「……!?」
人形たちの聴覚器官に、轟、と重い音が響いた。無い筈の鐘が鳴り響く。轟。轟。轟。呪詛が聞こえる。頭が割れる。眼が融ける。 プラティーヌは、モールドレは、見た。指が、己らの固い指がぐにゃりと曲がり、折れ、芋虫のように這い蠢き眼前に迫り、蛭のように牙を剥くのを。これは現実ではない。こんな馬鹿げたことは現実ではありえない。そう機械の部分は冷静に訴えかけるが、意識が、自我がそれを認めない。目の前の悪夢が本当か? どん、何か重いものが地に堕ちる音。自分の身体の側面に感じる衝撃。ばきん。左腕が、剣が折れた音が響く。どこまでが、現実だ?
「どこまでが現実だと思う? 子供たち」
ウォーロックは、青紫の液体の入った瓶をゆっくりと手元に引き寄せてしっかり蓋をする。そのまま、地面に伏した黄金と白金の銃剣士を見下ろした。
「奇怪。我々に、毒など、効くはずが、」 「あんまりわたしを舐めないでちょうだい。人間だろうがドラゴンだろうが聖霊だろうが人形だろうが、創造神たちであろうが、自我がある以上わたしの毒が効かないものなんてないの。徒人とは干渉する場所が違うのよ」
流石に効きが薄いみたいだけど、と魔女は額の汗を袖で拭った。ゲヌムの毒と呼ばれる、一族だけが精製方法を知るそれ。その穴という穴からは血が噴き出し、その関節という関節は逆方向に折れ曲がり、猛烈な悪夢を見る。この毒は冥眼の森の奥深く、百年に一輪だけ咲く真白いゲヌムの花の、その根から精製される。常人であれば、その花が歌う呪詛に触れただけで、精神と身体に異常をきたし血の涙を流しながら永遠に森をさまようとされている。そもそも、徒人であればあの森に入る事すら不可能なのだけれど。ウォーロックの知る中で最も狂った効果を持つ毒は、命あるものならなんだって殺せるだろうが、きっと二人は人形であるので死にはしないだろう。
「私にまで。酷い、です」 「いいこと、モールドレ。喧嘩はね、両成敗が基本なのよ。どちらかに非を偏らせたら、後でギクシャクするでしょう」
モールドレは地に突っ伏したまま、けんか、りょうせいばい、と繰り返し、金属製の手足がひとりでに折れていくのに身を委ねる。 ウォーロックは知っている。決定的な亀裂を入れてしまえば、その大事なものはもうその手には戻らないということを。裏を返せば、決定的に離れてしまわない限り何度でもやり直せるということを。
「……喧嘩したなら、ちゃんと仲直りしなきゃダメなんだから」
ウォーロックはそれの尊さを知っている。知っている、だけ、だけれど。冥眼の魔女は壊れてゆく人形たちを残し、静かに立ち去って、小さな棲家の扉を閉ざした。
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