金色の行末
冥眼の森の奥、百年に一度だけ、呪いを歌う花が咲く。それは彼女の弟だった。大事な大事な弟だった。その眼は災厄と呪いを告げるもの。その花は永遠に呪詛を吐き続ける呪物。けれど、それは彼女の弟だった。ずっとずっと昔に手を振り払ってしまった、大事な大事な弟だった。
『私の腕。落ちていませんでしたか』
平穏を壊したのは、黄金。女は金色の長髪を風に靡かせて、肘から先の無くなった左腕を示してみせた。
*****
冥眼の魔女ウォーロックは平穏を愛する人である。
「……あのねえ、モールドレ」
対して、モールドレは争いの申し子である。嵐を連れてくる女である。彼女の右腕には銃。真昼の光を弾く金の髪を高い位置で束ね、背負っていた大剣を鞘から抜いた。ウォーロックは、何度目かもしれぬ溜息をそっと吐き出す。今は幼い少女の姿をとっている魔女は、自分よりも頭三つ分ほど高い位置にある黄金の瞳を見つめた。遠くから銃声が聞こえる。
「あのねえ、モールドレ。アンタがわたしのあずかり知らぬどこかで誰かと喧嘩しようが、それは確かにアンタの勝手なの。でもね、わたしの住処にまでそれを持ちこむのはやめなさい」
冥眼の魔女ウォーロックは平和と平穏を愛する人である。闇の奥に煉獄の炎を揺らめかせたようなその奇妙な瞳に、もう自分でも数えきれないほどの長い永い時を映し続け、やがて争いごとに嫌気がさし、土の国の国境近く、人間の滅多に訪れない場所で自由に生きる魔女である。それなのにこの図体だけ大きな子供は、ウォーロックの元に面倒事ばかりを運んでくる。
「しかしウォーロック。それは追ってくるプラティーヌが悪いのです。私はあの場所から出て行きたい。あそこであれ以上戦っていても私はこれ以上何物にもなれないような気がするのです」
そう言って、手にした黄金の剣を――ウォーロックの身の丈よりもあるだろうそれを、金髪の女は高く放り投げる。重力に従い、空気を叩き潰しながら落下するそれに左腕を伸ばし、そして。
「……何度見ても凄いわね、それ」 「普通だと思います。ただの機能です」
そして、その大剣を腕と同化させた。そう、黄金の銃剣士モールドレは、嵐を呼ぶ女、もとい女性を象った自律性戦闘人形、オートマタである。
「ウォーロックはいつでも遊びに来ていいと言いました」
そう。言った。確かにそう言った。偶然外を飛び回っていたモールドレが落とした腕を拾ってあげたあの日に、確かに気紛れでそう言った。実際にモールドレは何度かウォーロックの元を訪れて、薪を割ったり、力仕事をこなしたりしていたし、時にその馬鹿力で魔女の私物や崇高な庭を破壊してくれたりしていた。ウォーロックはその所業に呆れ叱りながらも、唯一の客人を彼女なりに歓迎していたのだ。しかし。
「……まさか家出先に選ばれるなんて」 「駄目なのですか」
何者かが風を切り裂き猛スピードで近づいてくる気配がする。如雨露に張った水の表面がその振動に波打つ。ウォーロックはもう一度溜息をついた。
「駄目だったのですか」
その曇りのない硝子玉のような――文字通り硝子玉なのかもしれないが――、その未だ穢れを知らない狼の子供のような金の瞳、ほんの少し困惑に揺れるそれにじっと見つめられてしまうだけで、ウォーロックはもう両手を上げて降参してしまいたくなるのだ。こどもから向けられる真っ直ぐで絶対的な信頼というやつを一体誰が裏切れるかしら。
「……ああもうまったく、年は取りたくないもんだわ」
少女の可憐な唇から洩れた年寄り臭い文言に、モールドレは不思議そうに首をかしげ、すぐに顔を上げる。風の悲鳴が聞こえる方向。背中の刃根を放射線状に広げ、地面を蹴った。脚部のブースターが青い炎を噴き、長身が重力を忘れたように天高く浮かび上がる。浮遊感に身体を慣らす様に回転する、刹那、金の長髪を銃弾が掠める。短い銀髪の男が背の高い木々の隙間を縫い、躍り出た。右手は銃、左手はモールドレと同じく剣。
「……プラティーヌ」 「モールドレ」
抑揚のない声がお互いの名を呼ぶ。
「僕は帰って来いと言っている。何度も」 「私は嫌だと言っています。何度も」 「許可しない。分解してでも連れ帰る」
白金の銃剣士は表情を一片も変えず、剣と化した左腕を黄金の銃剣士に向けた。
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