「だからいつも言っている、私の目の前で出来たら魔術を信じてやると」 「私もいつも言っている、魔術は人に見られると死んでしまうんだと」
いつもの応酬をしながら隣を歩く。政務は滞りなく終わり、あとは一日の終わりに自分への労いを残すのみ。シェラサードは時折立ち止まり、屈みこんでは枯枝を拾う。この鉤爪のような手でどうやって料理をしているのかはなはだ疑問ではあるが、それを問うたところでどうせまた、魔術師であるのだからね、とあの少し掠れた低音でのたまわれるのが関の山だ。
「幻想は幻想のままに。証拠を求めるのも目に見える形に残すのも愚かなことだ」 「……ならこれは何だ、形だぞシェラサード」
右手の腕輪を人差し指で叩く。カツンと小気味のいい音が暮れ始めた空に響いた。そんなことか、と枝を籠に投げ入れてこちらに手のひらを見せた。
「君は、形に残らないものは、変化するものは、嫌いだろう?」
死んでしまったという暁は私の腕に嵌められ、二度と色を変えることも揺れることもない。そう、私は不確かなものは、変わってしまうものは、嫌いだ。
「これが私の『魔術を信じさせるための』最大の攻撃であり、『不確かなものを信じない』君への最大の譲歩だよ」
『――今日は、女性に暁色の物を送る日だと聞いたのだがね』
何処からその情報を仕入れたかは知らないが、シェラサードの知識には決定的な言葉が欠けている。やられっぱなしは、性に合わない。
「……なら、私は昨日のことをずっと、永遠に、覚えておいてやる」 「は?」 「同じ景色を、同じ空気を共有した記憶は、あなたにも殺すことはできまい」
暁送りにせよ何にせよ、やられっぱなしは癪なのだ、私は。その頭部の黒布を指さして、啖呵を切った。
「何故なら、私が私の持てる全てを以て永遠に覚えておくからだ」
人間の記憶など不確かであやふやで決して宛てにはならないけれど。殺すことなど出来まい。これが私の最大の攻撃であり、最大の譲歩だ。シェラサードは妙な表情――私たちの顔で言うなら、おそらく、「面食らった顔」をして――、一拍後にようやく声を出した。
「……『魔術を否定するための』、『幻想を愛する私への』?」 「ああ!」 「しかしグラディス、その言葉は何というか……」
珍しく言い淀むシェラサードに自然と口角が上がる。ゆっくりと伸び、夕闇に溶けていく二つの影。数歩前に出た私を見つめ、シェラサードはまあいいか、と彼らしからぬ妥協の言葉を吐いた。
我らが清き水の国の極北、古の獣が跋扈する冥眼の森の開いた口のすぐ傍。人の決して寄り付かないそこに、彼のあばら家は建っている。
『――今日は、女性に暁色の物を送る日だと聞いたのだがね』
何処からその情報を仕入れたかは知らないが、シェラサードの知識には決定的なものが、具体的に言うと「女性」という単語の前に「意中の」という言葉が欠けていたのだけれど。テーブルにクロスを敷きながら、己の腕に嵌められた、彼の暁に目をやる。
「……顔が赤いよグラディス、体調が思わしくないのなら自分の家に帰りたまえよ」 「うるさい何でもない!」 「それなら良いのだがね」
清潔な皿に盛られた料理、葡萄酒の赤に白いクロス、釜から漂う甘い薫り。食卓の空気はいつものように、どこか優しい夜明けの色。食卓にかけられた甘ったるい魔法、その感情の存在を認めるのはやはり癪で、私はいつものように彼の料理に手を伸ばした。
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