「ちゅ……」

音を立てて私は固まった。サアッと全身から血の気が引いていくのがわかる。白く広い部屋に満ちる沈黙。祭壇にはさやさやと水が流れている。私、大事なところで、噛んだ。かん、だ。はず、か、し、い。

「……うわああああああ死ぬ死ぬぅ死んでやるぅ!!! 生まれ変わって隊長のパンツになるぅうううう!! ぴったりフィットして隊長を優しく包み込むぅうううう!!」
「そんな下心満載の下穿きは却下だ」
「ひどい!」

隊長ひどい。どうせ死ぬなら隊長の胸で死んでやる、と思いっきり隊長を抱きしめて、光速で肩に額を擦り付ける。隊長の匂い。本物の、隊長の匂い。

「隊長、じゅきぃいいいいいいいいいいいい」
「わかった」
「けっこんしてくだしゃいいいいいいいいいい」
「いいぞ」
「え」
「キスをすれば、いいんだったか?」


そう言うや否や。


「んっ……!?」


肩から頭をひきはがされ後頭部に手のひらを回され、唇が押し当てられた。私の唇に。隊長の唇が。え、ちょっと。頭が。真っ白。

「ん、悪くない」
「たい、隊長、今」
「ん?」
「なに、を」
「キスをしたが、それが何だ?」
「え、ええええええええええええええええ!? キッキキキキキス!? せっぷ、ん……?」

どうしよう、顔が熱すぎて意識が飛びそうなんだけれどどうしよう。ここはどこですかわたしはだれですか、ハイ私はアドルファス=スペンサー=アナステシアスV世ですこんにちは。頭の後ろに当てられたままの隊長の左手の存在を今更意識してしまい、羞恥で涙が止まらない。

「スペンサーお前、変態の割に……」

隊長がどこか遠い目で私を見ている気がしたが知ったことではない。隊長の唇と私の唇が一瞬とはいえ重なり合ったんだよ合体したんだよ一つになったんだよ奇跡だよ怖いよ恥ずかしいよ。

「たいちょぉー……」

涙と鼻水まみれ、かつ真っ赤であろう顔を見られたくなくて、隊長の肩に顔をうずめて空いた手で胸板を撫でまわす。

「ぐへ、ぐへへへへ隊長ぉ……」
「スペンサーお前本当に……」
「いい加減にしとけよバカ息子、みんな見てるからー」
「え」

隊長の肩越しに来賓席を見ると、確かに父王他数名のお偉いがたはなんだか生温かい視線をこちらによこしていた。女騎士が笑顔でうちの天使の目を塞いでいることは父親としてはなんだか悔しいが、正直よくやった。父のこんな痴態は見ないで育って私の天使。


「アドルファス王の良いブレーキ役ができましたかな?」
「本当に良かったですわね。これを機に陛下も外面だけ良い男は卒業してくださるとよろしいんですけれど……」
「陛下の奇行がこれで収まるとは思えませんが、一先ずおめでとうございます」
「ブレーキどころか、余計、拍車がかかっているような。……いや今日は何も言うまいよ」
「とりあえずよかったなー息子。お前みたいな、救いようのない変態でも拾ってくれる人がいて」

「父様……みんな……」


生温かい祝福ムードに、再びぽろぽろと涙が出てきた。喜びで、というよりは、キスシーンを見られた羞恥心とあからさまに混ぜられている悪口のせいのような気もする。


「みんなどこかに行ってくれないか……恥ずかしいから……キスとか……」
「キスごときで何を言ってんだこのド変態息子。それよりもっと酷いことがあっただろ」
「だって恥ずかしいものは恥ずかしい!」
「あーはいはい。……おい帰るぞお前らー変態がうつる」
「はい前王陛下。ご両人、夕飯までにはお帰り下さいましね」
「ちゃんと祭壇の前まで行って接吻するんですぞ」
「お願いしますからここで盛らないでくださいね陛下。アニー様が見てらっしゃいますよ、天罰が下りますよ」


各々が勝手なことを言いながら扉から出ていったのを横目で確認し、私は隊長の首筋にすりすりと鼻を押しつけた。隊長は何故か溜息をつくと、私の頭を優しく撫でてくれた。ぐふふ、幸せ。


……でも、祭壇の前で再度キッキキキ、キスをした時は、恥ずかしすぎて全身の皮膚が裏返るかと思った、まる。





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