こんにちはアドルファス=スペンサー=アナステシアスV世です。もう今日は結婚式です。国王の結婚式だというのに、国政のトップたちくらいしか出席しない超小規模結婚式です。人が少ないから部屋が広い広い。

「辛い、緊張で吐く、辛い、ねむい」

私あれからあまり寝ていない上に、今日まで色々と忙しくて隊長に会えてない。あいたい。いや、でもちょっとあいたくなかったからちょうどいいんだ。心臓が痛い。あたまがくらくらする。たいちょうのぱんつ。ほしい。

「もっとパンツを……」
「よー久しぶりぃ、結婚おめでとう。顔、じゃなかった顔色が悪いぞー。大丈夫か」

じゃらじゃらと装飾品をつけた中年の男が私の肩を叩いた。からかう様に細められた瞳は虹色。私は自分でもわかるほどあからさまにうんざりした顔を男に向けた。

「私は顔はいい。黙って回れ右して帰れクソ親父」
「なんだ? 口が悪いぞバカ息子。ハッまさか、遅れてきた反抗期、か……?」

何故か感慨深そうに私を見る虹色の目に殺意めいた何かを覚えた。いやいや落ち着け私、少し寝不足で苛ついているだけだ。クソ親父の座った椅子だけ局所的に爆発しろなんて断じて思ってはいけない。思ってない思ってない。

「おとーさまおとーさま、けっこんしきって何するの?」

くいくいと私の服の袖を引いて小首をかしげるティーは今日も殺人的にかわいい。私の天使。私の心のオアシス。ここ数日の激務と某おっさんのせいですさんだ心が浄化されていく。

「結婚式かい……ええと、確か……水の聖霊アニーの祭壇の前でね、愛を誓いあって、ちゅーをだね、ちゅー……?」

ちゅー。その単語に私の脳が冷え、冴えていく。隊長と、ちゅー。隊長と、キッス。ヤバい本当にしたら心臓が死ぬ。かわいいティーをのこして私死んじゃう。

「……まあ多分途中でお開きになるだろうからちゅーはしないけどねー」
「なんでー?」
「お父様の事情かなー」

「何の話だ?」

心地よく響く低い声に、時間が止まったような気がした。静謐な雰囲気が支配する大理石の間で、聞こえるのは、澄んだ水が祭壇から流れ落ちる音だけ。私は声の主を見て目をぱちぱちと瞬かせた。


「おいスペンサー、話があるんだが」


隊長は、皺ひとつない黒の礼服に身を包み、短い黒髪を後ろに流して立っていた。無造作に走った古傷が褐色の肌を飾っている。うう、何日ぶりの隊長だろう目に毒だ。かっこいいかっこいいううう。

「少しこっちに来い。……待てなぜ逃げる」
「隊長がイケメン過ぎて生きるのが辛いからです、こ、来ないでください」
「意味が分からない。来いと言っているんだから来い」
「何でにじり寄ってくるんですか来ないでくださいよー!」
「逃げるな!」

逃げ回る私。追う隊長。欠伸を噛み殺す父。いつの間にかティーは女騎士に連れて行かれて、来賓席の父と遊んでいる。眠い、くそう、視界が、ぶれる。

「駄目だ、本気で、ねむ、い……んぎゃ!」

私がふらついた一瞬の隙をついて、隊長の左手が私の肩をつかんだ。


「やっと捕まえたぞ……何故逃げたりするんだお前は」
「……聞きたくないからです」

隊長の方はちらりとも見ずに、用意しておいた言葉を吐き出す。


「だって出ていきたいんでしょう隊長、出ていけばいいじゃないですかお金の事なら大丈夫ですちゃんと返しますし」
「おい、人の話を聞け」
「大丈夫ですよここを出てもちゃんと生活できるようにしておきましたから、手を回して隊長の住居と就職先は手配しておきましたから」
「話を」
「色々あって不眠不休の作業になりましたけど辛くなかったですむしろ気持ちよかったです、さあどうぞあそこの窓開いてるので逃げてください、ああでも今穿いているパンツは脱いで置いて行ってくださいね形見にするので!」


「聞けと言っているだろうがスペンサーあぁアアアぁあ!」


隊長の拳骨が私の脳天に炸裂! 私の脳細胞は死滅した!

「……話を聞けスペンサー。おそらく我々の間には言葉が足りない」

くらくらする私の頭を隊長の左手が撫でる。あ、ちょっと幸せ。


「俺は、情けをかけられて生きるのが嫌だっただけだ」


いきなり零された言葉の意味が分からず、目が点になる。そんな私を無視して、隊長は続けた。

「片腕職無しになった哀れな男を養おうとでもしてるんだろう、と思っていたんだ。仮にも王族が同性の伴侶を求めるものか、元上司に憐れみでもかけているんだろうと」

澄んだ黒曜の瞳が私を映す。私は思わずぎゅうと右の袖をつかんだ。

「な、何故そんな誤解が」
「……お前、今まで一度も俺が好きだとは言わなかっただろう」

え、嘘。あれ?

「お前が好きだと口にするものと言えば、匂いだの、マントだの、……下穿きだの」

言われてみれば確かにそうかもしれない。今までの自分の言動を思い返す。いやでもそれは匂いからパンツまですべて魅力的な隊長が悪いのであって私が悪いわけではないと思うんです、まる。そんな私の思いを知ってか知らずか、隊長は眉間にしわを寄せて不機嫌そうな声を出した。


「なあどうなんだスペンサー? お前は、俺が、好きなのか?」


節くれだった指に、顎を持ち上げられる。私の目を覗き込む黒い瞳。

「たたたいちょ、う」

隊長の顔がかつてないほど近い。何だこれ頬が熱い。混乱する頭を落ち着かせるように、息を深く吸い込む。恥ずかしい。それでも言え、言うんだ私、男だろ、今言わないでどうする! 行けアドルファス=スペンサー=アナステシアスV世! 



「わた、私は、隊長を、あいしていまちゅ!」



……ん? ちゅ? ちゅ!?




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