硝子同盟

ひとり影に住まう日々


回想。
(風邪とティッシュの話。)

年がら年中人々を追いかけ回す、太陽は意地悪い。紫外線を反射するグラウンド。もちろん真上からもそれらは陽光の中より襲い来るわけで。逃げ場のない夏とは何体もの鬼に囲まれているかのよう。少量滲んでくる程度の汗では体内に溜まりつつある熱を放出するには不十分。強い日差しに、陽光に弱い私の目はじわりじわりとだが視界を奪われ始めていた。
だが。不調の原因は天敵太陽が全てではなかったらしい。体育の授業後、一人の女子生徒に一応保健室に行ったら、と言われ、熱を測ってみると案の定、それほどの数値ではないとはいえ熱があり。現在こうして早退の準備が整うのを待ちながら、保健室の寝心地の悪いベッドで私は横になっている。
10分間休憩もそろそろ半分程だろうか。脳に伝わり頭に痛みを呼ぶ、廊下から響いてくる喧しさから時間の経過を感じ取ろうとする。
その時。「あ、」と咄嗟に掌で覆った私の口から声が落っこちた。指についた赤を見て確信する。鼻血が出たのだ。口と鼻周りを塞いでいる手とは反対の、もう片方の手でスカートのポケットの位置を探るが、一向にハンカチとティッシュの厚みで出来た膨らみが手に当たらない。当然血が待っていてくれる訳もなく、水滴が伝っていくような感覚が肌の上を流れていく。あたふたとティッシュペーパーを求めてむくと上体を起こしたところで、ぱたぱたという保険医が退室する足音を聞いた。ティッシュ、どこだろう。上履きに足を突っ込んで、わざわざ二度手間を作ってしまいながら、踵に踏まれてぺちゃんこに折り込まれてしまった部分に指を差し込み元に戻す。
大雑把な保険医が閉めてくれたカーテンには小さいとも言えない隙間があった。視界に入り込んだその隙間から垣間見えた外に、見慣れた人物の影が現れた。

「轟……。あ、私の荷物」
「お前のクラスの奴にリュック持ってってやれ、って言われた。……なまえはどうした、寝てなくていいのか?」

カーテンの隙間をすうっ、と手で広げて歩み寄る轟。靴を履き、腰はベッドに下ろしている私の横に、轟が運んできてくれた教科書とノートを飲み込まされて重くなったバックパックが置かれた。

「ちょっと鼻血が、」

でもティッシュが無くて、と言うと見兼ねたらしい轟が、「ほら」と自身のポケットティッシュを差し出した。「あ、ありがとう」私の声は鼻を摘まんだ時のそれだ。1、2枚を頂戴し、鼻に押し当てる。
ん、と轟にティッシュを突き出される。

「持ってろよ」

行方をくらませた自分のティッシュの、在り処の心当たりがまるでない。

「ごめん、今度使った枚数返すよ」

ありがたく受け取るが、あくまで拝借という形だ。

「いやいい」
「でも」
「そこまですることじゃないだろ」

親切を親切として受け取るのが下手な彼に、同じく下手な私はうまく丸め込まれてしまった。

「熱出たんだってな。顔赤い」
「微熱だよ」
「大丈夫か?」

言いながら、首に触れるひんやりとした轟の手の、形と温度で右の手だと悟る。「ひゃ、」と悲鳴が漏れた。

「こういう時は頸動脈がいい、らしい」
「締めちゃえば風邪自体なかったことにできるもんね、命諸共」
「太い血管通ってるところを冷やせ、って話だ」
「動詞抜いたりするから」
「俺のせいかよ」
「……怒った?」
「いや、」
「そろそろ10休み終わるね」
「あぁ、戻る」

また明日な、と残されて。
ちょうどそのとき戻って来た保険医と轟は入れ替わる形となり、去り際に彼は会釈をした。
どうしても気になってしまい、首のあたりに触れてみる。
轟が触れてくれていた頬や首周りの肌が冷たい体温が離れたことを寂しがっているようだ。


2017/08/07

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