硝子同盟

眠れぬ夜の悪い子は誰だ


回想。
(スマホの続き。)

全身でベッドに沈みながら、私は睡魔の訪れを目を開いた状態で待っていた。
そんな折。ヴヴヴヴー、ヴヴヴヴー、と充電のコンセントに繋がれたスマートフォンがベートーヴェンの運命のリズムで震えた。物臭な私は上体を起こすことも惜しみ、手で震え続けるスマートフォンを探る。が、一向にスマートフォンらしきものは見つからない。そろそろ切られてしまうかも。バイブレーションの鳴った回数が10を数えてしまう前に、仕方なしに置き上がり、スマートフォンを手に取った。灯りを消した室内ではディスプレイの青白さが強い光のように感じられた。映し出された相手の名前に目が冴え切る。電話を繋いですぐに、私は耳に押し当てる。

「も、もしもしっ?」

裏返った声音で、どうしたのっ、と続けざまに。私をびっくり仰天させて声をもひっくり返してしまう、『轟焦凍』の三文字は罪深い。深夜の着信の理由は、跳ねる呼吸を整えるので精一杯の私の耳に降る彼の声曰く、声、聞きたくなった。誰かの歌詞で見たような気がする、そういう台詞。若い女の子の心を掴む等身大のきらきらした歌詞だけど、字数が多くて私では舌がうまく回らない、そこがネックの女性シンガー。

『やっぱり起きてるんだな』
「寝ようとはしてたよ」
『そうか。悪かった、大した用もねぇのに起こしちまって』
「ううん。ねぇ、どう、アプリとかは慣れた?」
『いや、まだ使いづれえ……。そういやたまに女子に言われるID交換してってこれのことだったんだな。やっとわかった』
「ごめん待ってそれ何の話聞いてない」

轟の爆弾発言に嫉妬心をくすぐられる。
思えば彼と電話をするなんて初めてだ。通学時間は揃えたし、喋る内容を見つけるのがお互い下手だし。おまけに昼間の様子から察するに彼は機械が苦手で、やや文明に追い越され気味だし。

『なんか、』
「うん?」
『声、近ぇ……』
「うん……。そうかも」

微量のノイズと電子音でここに再構築された轟の声音はすぐそばにある。
抱き締められているのとも、唇を重ねるのとも違う。直接にではなく、少しづつ胸が満たされていくのだ。ささやかな幸福を噛み締める余裕がある。
沈黙が降りる。

『寝たか……?』

控えめな問いかけだった。思わず首を振ってしまったところでそれでは何一つ伝わらないことに気付き、「ううん。起きてるよ」と言った。向こう側にこの微かな髪と端末の擦れる、天然ボケの音が聞こえてしまっていないといいけれど。
彼は私がまだ眠りからは遠い場所にいることに安心したのだろうか。瞼を下ろして眠る人間の真似事をしてみる。
息遣いが聞こえない。体温は感じない。心臓の動きも感じ取れない。でも、近い。私と同じものを向こう側で轟も感じていてくれたらいいのに。
そこで。私は内心あれ、と思う。先程から会話という会話が一切生まれ落ちてこない。そっと、「寝た……?」とスピーカーに問ってみるも、応答はなく。眠りに落ちてしまった少年の姿を想像して、かわいらしいなと私は顔を綻ばせる。

「おやすみ――」


2017/08/16

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