硝子同盟

てのひらのファンタジー


回想。
(スマホの話。)

そういえば彼は自分の携帯の扱いですらままならないところがあったから、携帯端末を開いて何やらいじっているところを発見すると、今でも無性にはらはらとさせられる。端末知識のあれやこれを教えてあげたのは私自身なのだから自信を持つべきだろうけれど。けれど、どうにも不慣れで嫌にかわいらしい操作の仕方が脳裏にイメージとして先行してしまうのだから、仕方がない。

***

「ストアからインストールして入れるんだけどね、」
「ここか?」
「うん、そう。検索から失礼して……アプリ名入れるの。そうすると出てくる。本当に轟使わないのね」
「特に使う場面もねぇしな。特に困らない」

轟の端末内に現れた小さな四角い形のアイコンの中に時計のような模様が薄く浮かび、そう時間がかからないことを教えてくれた。

「あとは、友達追加したら使えるよ」
「ふるふる、ってやつか?」
「あ、ごめん、私のはふるふるできないんだ。QRコードでやろう。これ、読みこんで」
「……? おぉ」

かしゃり、と恐らく轟は聞き慣れないのであろうシャッター音。

「……なんか来た」
「せっかくだからスタンププレゼントしてみました」
「すげぇな」
「大丈夫? 時代の流れについて行けてる?」

朝ドラ御用達の電報ではないのだから、一文字ごとに料金が発生するわけじゃないんだよ。メールの返信が「そうか」のたった一言だけであることが多いのは、クールや素っ気ない以前にそういう部分もあるよね、ちょっと。訂正、かなり。
言えば、轟は微かにむっとしたような表情を浮かべた。

「どうすりゃいいんだ、これ」
「えー……っとね」

轟の方に肩を寄せて画面を覗き込み、指で触れて操作を試みる。りぼんをほどいて開封をするようにプレゼントをタップして、開き、すいすいっ、と一連の流れを見せた。後はここから使えるよ、と簡単な解説を挟む。予測変換でも出せるよ、とも。試しに送信に挑んだ轟の口からは控えめな歓声。声音には嬉しげな雰囲気が滲んでいた。子供みたいだ、とまだ14歳そこらの子供だけど、もっと幼い子の姿を重ねてしまった私は唇を綻ばせる。くすりと、馬鹿にするなとでも言いたげな顔でいる轟と視線を交えて笑い、そこではっと意識は互いの距離感の方に向く。眼と鼻の先にある轟の色違いの双眸を強く意識した私の、瞳はもしかしたら揺れたかもしれない。少しばかり上から見下ろす形の轟は見上げる私をどんな風に見ていたのか。
刹那、唇同士が触れ合わさる。
キスを、されたのだ。
喉を駆け登る驚愕が瞬時に視界を、脳をもその一色に染め上げた。
こうしてキスをしたり抱きしめてくれたりした後の轟は、恥じらい私と視線を合わせてくれない。距離が開いて沈黙が降りると触れていた一瞬が幻想だったように感じてしまうから私はそれがたまらなく嫌だった。血液の集まり始める私の顔は熱く、きっと赤い。瞬間的な、一瞬にも満たないような接触だけで人をどうかさせてこの人は罪深い。瞬殺マンめ。それでもきっとまたいつもと同じように轟は睫毛を伏せて私を見ないんだろう。
だから私は少しだけの我儘だと、駄々だとばかりにキスが終わると同時に轟の首を抱き寄せた。眼を落とすと手中で早々にスリープモードに入った携帯を持ったまま固まる轟の手が見えて。
人の家の洗剤の香りを知ったのは轟が初めてだ。


2017/07/05

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