硝子同盟

血の色をした右目にキス


回想2。
(抱き締めたお話。)

轟は今何を考えているのかな、と思うのは日常にとろけだした思考だ。それはふとした瞬間――例えば不意に仰いだ端麗な横顔の無表情に対してであったり、意味が無いわけがないと思うような行動に対してであったり、色々だが今日は後者だ。意味も無く相手を困らせるようなことをしない彼が、意味無くこんなことをするはずがない、って。幾ら父親との仲が険悪であろうとも制服は着崩さない優等的な部分できっと人からの信頼は得ている。ただ近寄りがたいというだけで。いや、ただとも小さなことのようには言えないか、周りにあまり人がいないから崩れ落ちてしまいそうになれば私に寄りかかるしかない。知っている。だからおとなしく抱かれている。半ば閉じ込められているかのように轟の腕の中にいる。
息が近い。震える鼓膜が受け止める。
「ねぇ、轟、」呼びかけると、す、と頭を持ち上げた轟が返事をくれる代わりに彼は瞳で真っ直ぐに私の目を射った。呼んだはいいが言葉はそうすんなりとは出てきてはくれなくて、言いかけては口を閉じ、はくはく、と数秒は鯉のように閉じたり開いたりをした。

「辛くないの、頑張るの」

頑張る、とは必ずしも努力だけを表し、努力だけに用いられる言葉ではない。彼に関しては、特に。だけど確信を帯びたものでは無いから、こうして私も探り出そうとする。辛くなったとか、そんなこんがらがった感情を表す抽象的な言葉だって立派な理由だ。
彼本人の自覚以上に彼の心身には傷が刻み込まれているようだ。眼に見える火傷だけじゃなく。人間というのは面倒くさい生き物だから、環境だけが完璧に近い状態に整えられていてもそれだけではだめなのだ。彼の父が本当に彼を愛していたとしても、それが彼が強い力を生まれ持ったからという理由の付き纏うものなら――実力主義の歪な形の家族愛だったとしたら、
せめて私の知らない時代の轟がまだ少し感情の表現法を持っていたといい。父親と過ごさなければならない家に帰るのが嫌で遠回りの帰路を辿る、とかそんなささやかな反抗心の表現でも。
不の気持ちばかりを薪にして、夢ではないものを夢であるかのように燃やし続ける。私の前にいる轟の悲しげな背中は酷く痛々しい。
可哀相。
思うのに言えない。そのせいでどんどん胸中で積み重なっていく言葉。いつか倒壊でもしてしまいそうな私の気持ち。
個性は人の本質と密接に触れ合っている。当然、人間誰しも人に見せる一面だけが人格の全てではないのだから、個性から連想するものと性格とで結びつく箇所があったところで何ら不思議はなく、また無かったところで同じこと。それでも轟の右側のような冷厳さと左側のような感情的な部分、二面性にも似た同居する人格は個性とリンクした紛れもない彼自身だ。例え受け継いだのが最も憎む父親からであっても。
己の半身の全部を焼き尽くした先にある景色にはきっと描いたような未来などないだろうに、先見の眼を持ちながらそれすらも見えていない彼は盲目だ。
あなたはあなただ、と。そう説くのは途轍もなく簡単なのに。
それもまた彼だろう。だというのに悲しすぎやしないか。自分の中心に線引きをしてそこから左側だけはきっちり半分、愛さず愛せないなんてことは。


2017/07/30

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