硝子同盟

君の左手は剣よりも彼女の右手が似合っていた


閑話。
side:緑谷

轟くんは、年齢不相応の冷たさと落ち着きを持つ人だった。だけどそれは今思えば、気を張って、力んで、冷静さを取り繕おうとしていたんだ。生い立ちが彼の人間性に絡みついてそうさせてしまったのかもしれないけど、元々轟くんは表情をくるくると変える人じゃあなかったのか。それとも他のたった一人の誰かには僕らの知らない轟くんを暴かれていたり、するんだろうか。例えば、そう、みょうじさん、とかに。

みょうじさんは轟くんのことを好きなんじゃないだろうか、と根拠もなく思う時がある。轟くんがみょうじさんを見て表情を淡く揺らしていることに気が付いたのは、それより先にみょうじさんが轟くんを気にかけているような気がしたからで。二人のそれが恋というものなのだとしたら、相思相愛でそれで終わり。そう安直に結びつけてしまえた僕は理解が浅すぎるようで、自己完結をしてしまえる立場でも無く資格もなかった。
みょうじさんは時折轟君の背中を目に止めると切なそうに一瞬笑んでから、きゅう、と唇を引き結ぶ。絶対に視線を合わせることはしないのだ。触れずに、一切の干渉も無くただ彼が彼女の視界から消えるまでを見届ける。慈しむみたいに。

「みょうじさん、轟くんと何かあった?」
「……そんなに滲み出てるかな。おんなじようなこと言われるんだけど」

色々だよ。みょうじさんは睫毛を伏せる。前髪に隠されてしまいそうになっても尚、個性と強く結びつく赤の瞳は、恐らく本人の意思とは無関係に光っていた。
前に麗日さんが元彼なんだってとこっそり耳打ちしてくれたあれは、単なる噂話じゃなかったのだ。
好意、なんだろう。僕が轟くんに向けている以上の、いや、僕のそれとは全く別の形を持った恋情。それはまだ死んでなどいない。
非常に不可思議だ。直に口から告げなくても、告げることが出来なくても、話したり、それが無理だって恥ずかしくなってしまわない程度に距離を縮めてみたり、それすら駄目でも本当にちょっとした些細なことを喜んだりするものじゃないのか。そう思う。
しかしどうも好きなら一緒にいたら良いのに、というのは子供の発想らしい。それが事情として嚥下できる程度には大人に近づいていて、子供のくくりからの脱出路が見えてきた。でも何故、どうして、という疑問はすっぱりとは解消されずに居座り続ける。遠くに光が見えるだけで子供の出口はまだ遠いようだ。それは轟くんとみょうじさんもおんなじで、僕以上に深みまで知っていることは多くても抜け出し方や不の気持ちの巻き方まではわからない。成りきれてはいない、けれど成ろうとせずにはいられない、大人ごっこだ。

不意に、みょうじさんが。

「轟は優しい――それ以上に、ヒーローだから。困っている人がいたら助けちゃう」

そう。苦しんでいる、吸血鬼をも。
血でもなんでも与えてしまう。救うために。

「これ以上邪魔なものを背負わせるのは嫌だったんだ。私がその背負わせるお荷物になるのももっと嫌だったの」
「そんな……、」

轟くんがみょうじさんを邪魔だなんて思うわけ、

「好きな人――恋愛、友情……って極端な意味じゃなくてね――なら会いたい、って。一緒にいたい、って。思う。もっと、って思う。でも私は衝動のままに生きていたら、特に私はだめなの。殺してしまう」

好きだから一緒にいたい。でも本当に隣にいれるほど私は私の理性を信じられない、と。最後に大きく息をつくように、みょうじさんはピリオドをつける。
轟くんが物悲しげな面持ちでいるのは決まってみょうじさんの姿を視線の先に追いかけている時で、逆もまた然り。轟くんの隣にみょうじさんがいて、みょうじさんの隣に轟くんがいて、淡く表情を揺らすことが――それは僕らが絶対に拝めない、二人だけの特別なかおなんだろうけど――一番の幸せでは、いけないのだろうか。


2017/08/02

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