硝子同盟

瞳に月を写したあなたの美しさはいっそ狂気的だった


回想。
(月のお話。)

冬は夜の訪れが早い。太陽はとうに地平線の彼方に潜り込んでしまって、銀の月が引き連れてやって来た夜闇が空に幕を降ろす。
夜は得意だ。今夜は特に、尚更に。眠れるわけがない。
そう思ったけれど、私を自分の腕に閉じ込めながら、私のベッドに沈んで私のシーツに皺を付けて私の布団を私と分け合って私の私の私の……私のいろいろに埋もれながら、最低限の呼吸をしているだけの轟は、ぐっすりと眠りの水に浸かっているようだ。
息をする。意識的に吸い上げ、肺を巡らせ、吐き出さなければ、それすらも忘れてしまいそうな。閉じられた瞼の奥で眠る双眸の色を知っているのは私だけだって、今思うのだけは許してほしい。
そっと、重力に対して従順に顔の半分を私の目から遮っている前髪を、こっそりと退かしてみる。さら、と癖の無い髪は指に絡まず、流れて指の隙間から零れ落ちようとするものだからもう一度まどろむ子猫を撫でる時のように指を使って耳の裏の方へと髪を流す。髪と同じく赤白の眉毛。それだけじゃない、毛の先の方に月光の粒子を散らした睫毛までもが二つの色を持っている。
降り注ぐ淡い月光に輪郭を濡らして。端正、それでいてまだ少しだけ丸みの残っている顔に同居する綺麗な格好の良さと、背伸びをしているようなかわいらしさ。夜陰の中に明暗をはっきりとさせた顔の、すっと通る鼻筋を眠っているのをいいことに失礼に下から上へと視線でなぞる。と其の時、瞼が震えて睫毛が揺れて、ゆうるりと持ち上げられた瞼の中から瞳が現れた。未だ睡魔に抱きしめられているかのような、焦点の合わないぼうっとした、中途半端に半分だけ開いた眼が、ぱちり、ぱちり、と緩慢に瞬く。やがて、少年の瞳は私を見つける。
私はさっきまでこの人と――この男の子に抱かれていたんだ。
全身を通る管の中、騒ぐ血液が激しく沸騰する。
ハイヒールで身を飾りたいお年頃だからって。背伸びをし過ぎてしまった気が、しなくも、ない。

「眠れねえか……?」
「なんか、冴えちゃって」

寝惚け眼のままでいた轟はやはり睡魔に押し負けたのか、私の首筋に甘えるようにすり寄ってぐりぐりと頭の角度を変え、そうして収まりの良いところを見つけ出すとそこで落ち着く。鎖骨の辺りをくすぐるのはさらさらとした髪ばかりではない。肌を滑る吐息の形が心臓を速める。くすぐったいよ、と――恥ずかしいという全体の大部分を占める理由は隠して――轟に訴えた。
私の目はどんなふうに見えているんだろう。淡くも力強い月明かりに暴かれてしまった私の目の色は、果たして何色だろう。
夜空に翳した自分の手で、月の輪郭をなぞる真似事。もう片方の手も伸ばして、輝く真珠が置かれたような月を両手で包み込んだ。

「綺麗に見えるね、今夜は」

少年少女たちに愛してるなんてまだ早い。彼の文豪が言うには、そうらしい。
嗚呼、今夜は月が綺麗だ。本当に。
貴方には一体どう見えている?
何が、と主語を掴みあぐねている面持ちの轟に、「月。綺麗でしょう」私は笑う。
「……今更だな」彼もまた薄く笑む。そんなの昔からだろ、と。そんな風に言われたら、文豪の言葉に毒された解釈をして仕舞い兼ねない。昔から、“そうしていた”、と。
嗚呼、綺麗。見惚れているのは月にじゃない。


2017/07/20

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