硝子同盟

キュポラに愛を溶かす


回想。

パタ、と部屋のドアが閉まった刹那、轟が動きを見せた。恋仲とはいえ他人のプライベートな空間に轟は何処かに微かな緊張感や、居心地の悪さを纏っているかのような、それでいて外界から切り離されたこの閉鎖的な空間を意識しているような。
寄せられた唇を、強張る自分の肩に力むな力むなと言い聞かせつつ、受け入れる。吸い付かれるように優しく食べられているみたいだ。
優しく触れるだけの幼げで拙かったキスは一変する。異物の侵入に身体がびくりとなって、喉が締まった気がした。うごめく様はさながら一つの生物だ。最初はぎこちなく絡められた舌もしばらく触れ合ううちに他人の生々しい体温に慣れていく。
――その時、私の犬歯が何か柔らかいものに沈んだ。食い込んだ。その何かとは、口腔を蹂躙していた轟の舌に他ならない。

「…………いっつ……」

私の唇から離れた直後に声の形に口を開いたせいで轟の口元には透明な液が伝おうとしている。それを拳で軽く拭って。ちら、と舌先を覗かせて轟はどこかに傷ができていないかを確かめていた。彼自身からは舌先の切れ目なんて見えていないだろうけれど。

「大丈夫? ごめん、切れたりとかしてない?」
「あ、あぁ、ぶっ刺さっただけみてぇだ」

大人の真似事をしてしまった報いだろうか。
幸い赤黒い色は滲んでおらず、彼の痛覚にも異変はなかったのだろう、言葉通り刺してしまっただけのようで安堵した。したはいいが、そこで気になるのは、じぃっ、と見つめられていること。轟のふたつぶんの視線が寄せられるのは私の顔の中心からやや下に外れた、ちょうど口元なのだが。
やめてよ、穴が開いてしまったらどうするの。

「犬の歯みてぇだよな、お前の」

軽く首を傾げて覗かれて、それが何だか恥ずかしくて歯茎周辺にむず痒さまでもが起こりそうで。
それから、またキスの回数を重ねて、離れて。
ベッドに押し倒され、一度沈んだマットレスが持ち上がり押し返す、その弾力を背中に感じる。
耳のすぐそばでリップ音が散った。耳に唇が当てられたのだと思う。

「……今日、親、遅いけど」

今更ながらに伝えた事情は、言わなくてもきっと問題なかったかな。


2017/07/31

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