硝子同盟

花火からかくれんぼしよう


回想。
(花火の話。)

珍しく遠出をした夏の日にも、終わりの足音が忍び寄る。
生徒手帳に小さな文字で記された門限までの、あまりない時間も食べ尽くそう、味わい尽くしてしまおうと選んだ遠回りの帰路。それを選んだ理由の中には親への反抗心なんていうものも少しはあったのかもしれない。
突如、音も無く夜空が光った。刹那、ドォン、と直前の光に追いついた音が私たちの耳までやってくる。顔を上げると道行く人たちがそう高くない空を見上げていた。それに倣って私もまた同じ位置に視線を向かわせる。その時、シャワーのように散って注ぐ光の一片が目を照らした。

「どこかで花火大会やってるんだね」
「そんな時期か」

そういえば、とひとつの記憶が深くから引き上げられた。教室の掲示板に、近所の小さな神社の小さな夏祭りの告知がひっそりと他のプリントに埋もれながら貼られていた気がする。

「間近で大きな花火見たことある?」
「ねえな。そういや花火大会自体行った覚えねェ」
「じゃあ今度大きいのあったら行こうよ。大きな川の辺りの大会に行ったことあるんだけど、すごいよ」
「そんなにか?」
「人の量と熱気が。花火もだけどね。迷子にでもなりそうなくらい……。夏休みの昼間は出歩けないから夜のイベントがありがたかった」

遠くの夜空に咲き乱れている輝く大輪の花。闇を突き抜ける建物群の隙間から伺う花火は、花びらのほんの一部しか見えないが確かに人に意識を奪っていく。私と轟を覗いた全員の視線が光の咲く低い空に縫い付けられている今、こっそりとしたキスは誰の目にも触れてはいない。閉じた瞼の裏には太陽の下で目を閉じた時のような陽の色が映し出された。

「遠回りしてよかったね」
「あぁ」

破顔した私を見る轟を横の空から照らし出す、上り始めた花火。人工の火花も明かりもまばゆいと感じる程度で、目にはそれほど響かない。月も、星も、街灯も、ここから少し離れた場所のネオンも、低い空の花火も、やけに明るい現代の日没後には私の目を傷つけるものはない。見つめていることの許される光を目に刻み込もうとするが、視線の向く先を変える前にもう意識が彼に奪われてしまっていた。轟の碧の左眼に、打ちあがり上空を目指す花火が引く尾の、すう、と流れるような一筋の軌跡が光ったのだ。
ドンッ、と鼓膜を叩く遅い音に引き戻され、急いで花火を見るも既に散っていた。
残り火が流れ星のように切なく吸い込まれていく空。
夏の日の終幕に溶かされた私達。


(花火のやつにゃあ、見つかってくれるなよ。)

2017/08/11

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