イエスマンの命日

スプーンひと匙の光


藁にもすがる思いでいる私にとっての藁とは潮田渚――彼だった。
ちょんちょん、と水色の彼のその華奢な背中をつついた私の手は利き手とは反対側で。理由は単純、良く利く右を使う事で彼の綺麗な制服を汚してしまうのを避けたかったがため。

「ね、ねえ、潮田渚君。絆創膏どこで貰えるか知らない?」

尋ねると彼は淡く笑って快く保健室までの案内役を引き受けてくれた。
保健室とはいうが本校舎のようなきちんと保険医が設置されたものではなく、数箱の絆創膏を置いただけの別室だ。当然ながらベッドやアルコール液などという気の利いたものもないため、絆創膏では対応できない傷や体調不良を患った生徒は本校舎まで長い道のりを歩まなければならない。幸い、ノートで指を切った程度の私は此処で十分に事足りたが。
がら、らら。と詰まり気味の開閉音。襤褸校舎内の扉の立て付けが良くないのはどこも同じらしい。踏み出すたび、自分たちの足音について回るみしみしという耳障りの悪い軋む音に私は心臓をはらはらとさせる。

「みょうじさん、右利き?」
「え、うん」
「じゃあ絆創膏貼るの大変だよね。手伝おうか?」
「いや大丈夫。ありがとう」

断りを入れ、箱の中から絆創膏を一本頂戴するとぴりりと音を鳴らしながら封を開く。そして私は直後に彼の気遣いを拒否してしまった事を激しく後悔するのだった。

「……やっぱり手伝う?」
「ごめん。お願い……」

空間は驚くほどに凪いでいた。粘着性を持つそれを指先な小さな切り傷に宛行い、押しつけ、貼り付けるだけの単純作業は数分も食わない短い時間だったと思う。ほんの僅かの間、ほんの僅かに合法的に縮められた距離の中でまじまじと見つめた眼前の少年は、少女と見紛うくらいにかわいらしい顔立ちをしているけれど、よくよく見れば大きな瞳は少し尖ったような形で。細い骨格もきっと少女みたいなのはその細さだけで作りは男性なのだろう。それでもやっぱり袖を余らせた男子制服を着て――寧ろ着られて――歩く姿はかわいらしいのだから、くすっと笑いが込み上げてくる。
女子に触れる機会は早々無いのか不慣れな様子で腐っても女子である私の指に絆創膏を貼り付けてくれる少年を長い事――実際はそうでもなかったようだけど――見つめていた。
間近で見る睫毛が青い瞳の瞬きに合わせてはたはたと羽ばたく鳥の翼のような動きをする。それに、見入り、そして魅入る。
優しさを指先の狭い面積の肌から感じながらに。


2017/05/14

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