06)世界を裁く権利

 あれから、実はちゃんと用事があるのだと切々と訴えたホダカはやっとまともに店の中に入れてもらい、カナエを始め芸妓達に「良かったね」と感動の涙を貰っていた。
 
 どれだけ酷い扱いなのか。
 
 何故か「お前等も来い」とミノルとカナエもホダカと一緒に応接室に通された。
 
 カナエが用意したお茶を啜りながらリオンがホダカを睨む。
 
「いちいちお前はコントをしないと用件に入れないのか」
「リオンちゃんは毎回コントでオレを殺しにかかるよねぇ」
「あれは本気の殺意だ」
「マジですか!?」

 湯呑を落としそうになり、ホダカは慌てて持ち直した。
 
 もうミノルには何処までが本気か冗談か全く区別がつかない。
 
「ていうか、件のミノルくんがこんな綺麗な子だなんて聞いてなかったんですけど!」
「ミノルの容姿なんか言う……まさかお前、男もいけるのか……?」
「その話詳しくお願いします」

 ずっとリオンとホダカの会話を完全に聞き流していたカナエが、急に身を乗り出した。
 
 話題になっているはずのミノルだけがついていけず置いてけぼりを食らっていた。
 
「違うから怖い想像しないでよ!! そうじゃなくて、こんな綺麗な顔で迫られたらリオンちゃんグラッときちゃうかもしれないでしょ? そう思うと気が気じゃない」
「何で俺が迫る事前提で話してんだよ」

 聞き捨てならない文脈に茶をぶちまけたい衝動に駆られた。
 
 あんたこそ怖い想像するなと。
 
「用件! 用件言え、そんでさっさと消え失せろ」
「傷つく!」

 だがいい加減に本題に入らないとリオンが今度こそホダカの息の根を仕留めにかかりそうだ。
 その事を本人も察したらしく、これ以上くだらない話を続けようとはしなかった。
 
「頼まれてた件、調べついたよ。また大事に巻き込まれたもんだね」

 苦笑混じりにホダカが懐から取り出したのは時計の絵が描かれた一枚の紙切れ。
 
「それ……!」

 見覚えがあるどころではない。正真正銘その時計はミノルの持ち物だ。
 自分のポケットを探ればすぐに実物が出てきた。
 
「悪いな。ミノルが喋りたがらなかったから、こっちで勝手にお前の事調べさせてもらった」
「……いいけど」

 リオンがそうするのは何となく予想していた。
 身元も分らない、何者かに追われている人物を匿う事に伴う危険を彼女はよく理解していたから。
 
 カナエと、もっと言えば店を守るためだ。
 
「今話題の裏切りの侯爵の家紋だね」

 紙に描かれた時計の文様を指さす。
 
「話題の?」

 カナエが知らないのも無理はない。
 花街は化外、つまり王政の届かない独自の制度によって成り立っている集落だ。
 王都の内情に精通しているのはごく一部の者だけ。
 
「クーデターを起こそうとして露見し重要機密を持って逃走。息子も行方知れず、の息子さんだよねぇミノルくんは」

 クスクスと笑うホダカを一睨みしただけでミノルは何も言い返さなかった。
 
「クーデターね……。成程このところ客足が遠のいてたのはこの影響か。くそ、ミノルめやってくれるな……」
「そういうのは本人が目の前にいない時に言え」

 嘘くさく悔しがるリオンだが、その実あまり深刻に事を捉えていないようだった。
 
 クーデターの首謀者という事は反逆者だ。
 いくら化外とはいえ匿っているとなれば只では済まない。
 王を敵に回すのだ。
 
 今からでも店を守る方法は一つだけ。
 
「今から俺を軍に突き出すか?」

 ハッとカナエがミノルを見る。
 だがリオンは平然とお茶のおかわりをついていた。
 
「ミノルは父親が罪人だと思ってるのか?」
「それは」

 面と向かって罪人と言われてしまうと胸が痛いんだ。
 
 ミノルが父親に事の顛末を聞かされたのは、全てが起こってしまってからだった。
 
 成すべきはずの事が失敗した。軍に追われる、だから逃げろと。
 父親が何を成そうとしていたのか、逆族の汚名を被るものだったのか。
 
 それすらもまともに知らされなかった。
 
 ただもう軍がそこまで迫って来ていて、家族も散り散りになり、後は何も考えられずただがむしゃらに走って逃げ延びた。
 
 クーデターを起こそうとしていたのだと今初めて知ったくらいだ。
 


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