05)甘く魅惑的な欲望

 ミノルが花隈に来て三日が過ぎた。

 今日も今日とて下働き。別に不満はない。
 王都でミノルの家はそれなりに幅を利かせた貴族だ。
 
 以前カナエが箒を持っているのは似合わないと言った通り、掃除なんてここに来るまでした事なかった。
 
 だけどしたくないというのとはまた違う。そんな機会が無かったというだけで。
 
 見よう見真似の部分は多いけれど、それなりに様になってきたのではと思っている。
 
 今は玄関ドアのガラスを雑巾で拭いているところだ。
 汚れを取り除き、反射を取り戻してミノルや周囲の景色を映しこむようになったのを確認して満足した。
 
 映り込んだ中にミノル以外の人がいるのに気付いた。
 
 驚いて振り返ると、後ろに背の高い一人の男が立っていた。
 
「あの、なにか?」

 怖いくらいにミノルを睨みつけてくる。
 一瞬、王都から追ってきた輩かと思って身構えたが、奴等が堂々と姿を見せるわけがない。
 
 かといってこの街にミノルを知る者など花隈以外にはおらず、首を傾げた。
 
「き……けな……」
「は?」
「君なんかに負けないんだから!!」

 指差して声高らかに宣戦布告とも取れる台詞を吐いて、男は走って店の中に入って行ってしまった。
 
「あ、ちょっと! まだ準備中、なんだけどっ……て、なんだぁ? あの人……」

 中を覗いてみたがもう既に姿は消えていた。
 
 見ず知らずの人と勝負した覚えも勝ったつもりもない。
 
「ミノルどうしたの?」

 入れ違いに店から出てきたカナエが、釈然としないミノルに問いかける。
 
「いや何か今変な男にイチャモンつけられて」
「ああ、オレンジ頭の人?」
「そうソイツ! 何なんだあれ、店の関係者?」
「ううん。ホダカさんって言って、リオンさんの知り合いだよ」

 オレンジの髪を後ろにまとめた、背の高いいやに目立つ容姿をした男だった。
 外見だけを言えばあまりリオンと馴染みそうもない気もしたが。
 
「つか何で俺あんな敵視されなきゃなんなかったんだ」
「敵視? あの人畜無害なホダカさんが?」
「知らねぇし」
「おかしいなぁ。そんな人じゃないんだけど。ホダカさんと言えば」

「この店の敷居跨ぐなって何回言えば理解するんだその空っぽの脳みそはっ!!」

 ガシャーン、という衝撃音がすぐそこでした。
 何が起こったのか理解出来ないうちに、ミノルが綺麗にしたばかりのドアが吹っ飛んだ。
 
 扉と共に宙を舞っていたのは明るいオレンジ頭の男。
 
 大通りの真ん中あたりまで滑っていったのを目で追う。

「大体ああやってリオンさんに付き纏っては相手してもらえなくって、散々な目に合うだけの人だよ」
「散々な言われようだ」

 カナエはピクリとも動かないホダカを指して平然と説明した。
 
 一切動揺しない所を見ると、こういった光景は日常茶飯事なのだろう。
 
 だったら大丈夫か、と最初からさほどしていなかった心配を止めた。
 
「お前もいい加減しつこい奴だな、女が欲しいなら娼館行けって言ってるだろ」

 仁王立ちしているリオンが吐き捨てた。
 リオンの声に反応してホダカがガバリと起き上がった。
 
「だから違うっていつも言ってるじゃん! オレが欲しいのはリオンちゃんだけだって!」

 ピシ、と空気が凍る音をミノルは聞いた気がした。
 ミノルでさえ分かったリオンの機嫌の急降下を、既知であるはずのホダカは感じ取れなかったのか平然としている。
 額から血が流れている以外は。
 
「どの口がほざくか」
「今はリオンちゃんがうんって言ってくれないから他の子で我慢してるけど、オレはずっとリオンちゃんだゲホアッ!!」

 ホダカが言い終わる前に、途轍もなく重い拳が鳩尾にめりこんだ。
 
「喜べホダカ。偶然にも私は三途の川の渡り方を知っている。今すぐ教えてやるからよぉく覚えろよ」
「リ、リオンちゃん、今の一発だけで」
「死ねぇーっ!!」
「きゃあああああ―――」

 まるで地中から引き抜かれたマンドラゴラのような悲鳴が街中に響き渡る。
 
「で、あの人何しに来たんだ?」
「リオンさんに半殺しにされにじゃないかな」
「そうか、ただの変態か」

 初対面にしてミノルに不名誉なレッテルを貼られたホダカだった。
 



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