04)主導権を握っているのはきみではなくおれなんだよ

 自分の部屋のふすまを開けると、やはりミノルがいた。
 部屋の真ん中でカナエに背を向ける形で座っていた。
 
「元気出してミノル、みんな歓迎してくれてるんだよ」
「ただの嫌がらせとしか思えないけどな」
「そんな事ないって。気に入らなければその人の存在完全スルーだから、あの人達」
「怖いわ」

 大人のする事じゃねぇ、とそれはそれでミノルを怖がらせた。
 
 ミノルのすぐ後ろに立ったカナエは、まだ拗ねているのかこちらを向こうとしない彼の背中をじっと見つめた。
 
 優しい言葉で宥める事も簡単だけれど。
 
「きゃぁーっ! ミノルくぅーん!」
「ぎゃあぁっ!!」

 ミノルの背中目掛けて突進した。
 ぎゅうっと抱き着くけば絶叫され。
 
 私は変質者か、と少しばかりショックを受ける。
 
 今のミノルからすれば大差ないのかもしれない。
 
 大慌てで剥がしにかかるのに負けじと力いっぱいしがみ付く。
 
「なん、何なんだよ急に!!」
「いやぁ怯え惑うミノルが可愛いかったからもう一回見たくなって。明らかに女慣れしてないミノルが姐さん達に遊ばれても動揺しなくなるようにしてあげようとか、そういう優しさからくる行動では決してない」
「ないのかよ! 長々と喋った挙句!」

 抱き着いていたはずなのに、いつの間にか揉み合いになっていた。
 
 ミノルが必死なのにつられてカナエも妙な意地が生まれてしまっていた。
 
 「離れろ」「絶対やだ」と永遠に続きそうな言葉の応酬は行動によって終わりを告げる。
 
 予想外だったためにカナエの攻撃をもろに食らったが、力の差は歴然。
 
 彼女の両手を掴むとそのまま畳に押し付けた。
 やっと解放されたという安堵感を十分に味わい、やっと自分の今の状態に目を向けるに至る。
 
 カナエを大人しくさせようと彼女を倒した、までは何となく記憶している。
 が、どうして自分が彼女に乗り上げているのか。
 
 カナエもまた状況がまったく飲み込めておらず、ただ食い入るようにミノルを見上げていた。
 
「ミ、ミノル……?」

 彼女の声にどうしようもない怯えが含まれているのを感じて、この体勢が何を意味しているのかに気付いた。
 
 また同時に自分がどんな顔をしてカナエを見ているのかも。
 
「なるほど、怯え惑う所が見たいっての、なんか分かった。ああいいなこれ」
「ミノルさん? ちょ、目がイってしまって……、ミノルさん!?」

 必死で呼びかけたがミノルは答えない。
 優しげに笑んでいるようにも思えるが、彼の慈愛に満ちていそうな瞳の奥底に嗜虐心が見え隠れしているのに気付いてカナエは慄いた。

 ミノルは表情を変えずに顔をギリギリまでカナエに近づけて言った。
 
「可愛いなカナエ」
「なっ!? ミノルお願い帰って来てごめん謝るからぁ!」
「謝る? じゃあ俺の好きなようにさせてくれたら許してやるよ」
「ひいぃぃぃっ!! 私ミノルのとんでもない扉開いちゃった……!?」

 ちょっとからかって遊ぶだけのつもりが、どうして自分が被害に遭う側に回ってしまったのか。
 
 ミノルは面白がっている節はあるけれど、本気の目をしている。
 このままでは冗談で済まない領域に踏み込んでしまいそうだ。
 
 じわじわと涙で視界がぼやけてくる。
 
「陽も高いうちから盛ってんじゃねぇよ、こん糞餓鬼がっ!」

 あっと言う間に手の拘束が外れてカナエは自由になった。
 
 ゆっくり起き上がると、脇腹を押さえて蹲るミノルを足蹴にしているリオンが。
 
「どいつもこいつも男ってのはホントに!」

 十分に踏みつけて満足しリオンはカナエの傍に来ると、落ち着かせるように頭を撫でた。
 
「怖かったなカナエ。もう大丈夫だから」
「リ、リオンさん……!」

 さっきまで恐怖に引き攣っていた顔を一変させて、今度は頬を赤らめながらリオンにしがみ付いた。
 
 カナエをしっかりと受け止めながら、ニヤリと笑う。
 
「知ってるかミノル、この花街で同性愛に走る女ってのは結構いたりするらしいぞ。もしかしたらお前のライバルは私かもな」
「いや俺今それどころじゃないから……」

 あんたの暴力のせいで、と心の中だけで反論した。
 自分の非を十分な程自覚しているから言いはしないが。
 
「で、リオンさん何か言いに来たんじゃないの?」
「ああそうだった。ミノルに芸妓達がさっきからかい過ぎたから謝りたいって言ってきてるけど、どうする聞き入れてやるか?」

 多分だけれど。
 ミノルとカナエが出て行った後、リオンが彼女達を集めて言い含めたのだろうと想像出来た。
 
 何だかんだと言って、やはり花隈の店主はお節介なのだ。
 
 カナエはミノルに目配せをした。
 ミノルも呆れたようだったが、苦笑しつつも頷いたのだった。
 
 


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