03)触れたいと願いあいされたいと叫ぶ感情とか 広間に行くとこの花隈で働いている人達の多くが既に食事を取っていた。 カナエとミノルの分と用意されていた席につけば、いい機会だからとリオンが街や店の仕組みについていろいろと説明を始めた。 「花街の事を色街と言って蔑む輩もいるけどな、実際には娼館より芸館の方が多いしウチもそう。本人が望むなら客とどんな関係になっても口出ししやしないが、基本的にはお触り厳禁」 ミズキは無視して食事をかき込んでいるし、カナエはある一点を凝視している。 そしてミノルはというと。 「おい聞けよミノル」 「それどころじゃねぇ! お触り厳禁じゃねぇのかよ!? 俺今ベッタベタに触られてんだけど!」 「だから女が望めばいいんだって」 「どんだけ男に優しくない店だよ!!」 ミノルが広間に入ってきた途端に、その場にいた女性陣は色めきたった。 いそいそとミノルの周りに寄ってきて、やれ綺麗だやれ若いだと群がり無遠慮に触りやいている。 そしてカナエはその様子を見て何故かキラキラと目を輝かせた。 「ハーレムだねミノル」 「助けろ!」 「何言ってる、男なら一度は憧れるシチュエーションだろ。良かったじゃねぇか」 「ならこっち見て言え! 遠い目してんじゃねぇ!」 明後日の方向を見ながら味噌汁を啜っているミズキ。 「いやだわ、なぁにこの肌私よりもきめ細かいわ」 「芸妓っていうのは舞ったり曲を演奏したりして宴会を盛り立てたり」 「あらぁでもやっぱり男の子の身体してるわねぇ」 「まぁ酒の席だからもちろん酌もするし」 「ちょっとカナエあなたもこっち来て触ってみなさいな」 「えぇーいいんですか姐さん、なんだか照れますなぁ」 「良いかどうかの許可は俺に取れ!」 「おいミノル折角説明してんだから聞けって言ってるだろ」 「だからこの状況で聞いてられるかぁ!!」 耐えきれなくなったミノルは乱暴に女達の手を払いのけると、勢いよく広間から逃げて行ってしまった。 「初心ねぇ」 「ああいう子を一から教え込むのも面白そうよね」 「お前等な、芸妓であって娼妓じゃないって説明をしたばっかだろうが。慎め」 完全にミノルをオモチャとして認識してしまった女性達をリオンは一応窘めておいた。 面白がってエスカレートすると、カナエが心配している通り心の傷になりかねない。 あくまでも彼女達は可愛がっているのであって、悪気はこれっぽっちもないのだけれど。 「カナエ、悪いけど見に行ってやって」 「うん」 「カナエ、その身体で慰めてやって」 「ううん!」 リオンを真似て言ったミズキに鉄拳が降ったのは言うまでもない。 きゃあきゃあと騒ぐ女達の言葉を極力耳に入れないようにしてカナエは駆け足でミノルの後を追った。 「どっちが守られる側か分かったもんじゃねーな」 「あんま長くここに居ると女性恐怖症になるかもしれないな、あいつ。可哀そうに」 「他人事みたいに言ってやるなよ」 などと言っているミズキも可笑しそうにしている。 食事を終えた女達や下働きの男達も広間を出て行って、もうリオンとミズキしかいない。 そのタイミングを計っていたのだろう、ミズキが少しだけ声を潜めた。 「お前の言う通り、ミノルはただの家出したボンクラってわけじゃなさそうだな。あいつの服の中に入ってた時計に刻まれてた家紋、あれどっかで見た事あるわ」 すっとリオンが目を細めた。 猫のような鋭さが増す。 「今調べさせてるけど、どうも厄介な事になりそうだな」 「面倒事が降って湧いてくるのはいつもだろ」 「俺はリオンが呼び寄せてんだと思ってるけど?」 「馬鹿言え、私はいつだって平穏を願ってるよ」 頻繁にトラブルに巻き込まれるからこそ、何事もない平和を求めるものだ。 自分から首を突っ込む方ではないのだが、何故かリオンは面倒事に好かれているらしく、定期的に騒動の渦中に入れられている。 それが性だと自覚がないわけじゃない。 あまり派手に動きたくはなかったが、まぁ無理だろうなと開き直っていた。 前 | 次 戻 |