02)うつくしきのはじまりを知っている

 ミノルが花隈に居候する事が決まった翌日。
 働かざる者生きるべからず、という厳し過ぎる格言を掲げるこの花隈で、ミノルはいいように雑用を押し付けられる事も同時に決まっていた。
 
 腕まくりをして箒を握るミノルを、カナエは気まずそうに見ていた。
 
「さっきから何だよ、その草むらの陰で行為に及んでいるカップルを偶然見かけた時みたいな微妙な顔は」
「そんな顔してない! てか見た事ないからどんな顔か分かんないよ!」
「お互いの存在に気付いちゃったときのあの気まずさはないな、あの空気は酷い。見られたくねぇなら、んなとこですんなっての」
「その話題やめよう! ミノルの口からは聞きたくなかった……」

 中身はカナエと同年代の男の子だと分かってはいるのだけれど、浮世離れした端正な容姿をしているミノルから、平然と下世話な話題が飛び出すとショックだ。
 
 楼閣で生活しているとはいえ、お年頃なカナエはまだ男に夢を見ているところがあるのかもしれない。
 
「ミノルが箒掃除してるだけでも違和感あるのに」
「あーまぁ、やったこと無かったけど、集まったゴミ見ると綺麗にしてやった! って満足感があっていな」
「王子様ルックで家政婦みたいなセリフ言わないでー」
「王子様も男っすよ」
「女の子の夢潰しにかかりやがったよこのお人!」

 まだ陽が天のど真ん中に居座っている時間、店先でギャアギャアと騒ぎながら掃除をしている二人以外は人の姿はない。
 
 そう思っていた。
 
「仲良いなお前等」
「ぎゃぁぁ!」

 二人のすぐ傍にしゃがみ込んで見上げてくる人物がいたなど全く気付いていなかった。
 
 突然話し掛けられて悲鳴を上げながら二人は飛び退く。
 
「ミ、ミズキさんいたんですか……」
「当たり前だろ。俺がいない場所なんてこの世にないんだぜ!」
「何それ気持ち悪い。ゴキブリみたい」

 至る所に、ラフな格好をし、頭にタオルを巻いている目の前と同じ男がうようよしているのを想像してカナエはげんなりした。
 
「おま、この男前捕まえてゴ……!」
「はいはいサーセン、ミズキさんはご町内一の格好よさですよね」
「範囲せまっ!」

 ご町内、つまり花街は大通りとその両サイドに小さな通りがある、たったそれだけの小さな小さな街だ。
 
 暮らしている人の人数もコミュニティとしての規模もたかが知れている。
 
「年長者を敬うって事知らないのか!? よしお前等そこ並べ、社会の恐ろしさ説くと教えてやらぁ!」
「思い知るのはテメェの方だ!!」

 バッチーン!!
 
 豪快な音にカナエが驚いて思わず隣にいたミノルの服を掴んだ。
 
 たった今カナエ達に凄んでいたミズキはお尻に手を当てて悶絶し、箒を携えたリオンが仁王立ちしている。
 
 目にも留まらぬ早さでミノルから箒を奪ったリオンが、バッドを振り回す要領でミズキの尻をぶっ叩いた後の図がこれだ。
 
 リオンはフンと鼻を鳴らすとミノル達に向き直った。

「これこそが正しい箒の使用方法だと覚えとけ」
「記憶しました!」
「んなわけねぇだろ!!」

 従順なことに敬礼するカナエとミノルの頭を軽くはたいたのは、痛みに顔を歪めたままのミズキだった。
 
「いってぇー、っとに暴力的だな店主様は……」
「二人を呼んでくるってだけの事が出来ない無能に容赦してないだけだ」
「ああそうだった。メシの用意出来たから掃除切り上げて中入るぞ」
「え? あ、はぁ」

 リオンは一足先に玄関をくぐって行ってしまったし、ミズキももう叩かれたところを痛がりもせずケロリとしている。
 
 とんでもない切り替えの早さに、ミノルとカナエは置いてけぼりを食らった気分だ。
 
「過去の怨恨は引きずらない。これが大人の対応だね!」
「絶対違う」

 尊敬の眼差しを向けるカナエをバッサリと斬り捨てた。
 
 あれはただ、数秒前の事も忘れてしまう鳥頭なだけに違いない。
 
 


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