「俺の名前はミノルだ」
「そしてちゃんと答えるのね!? えっと、私はカナエ、こっちはこの楼閣花隈の店主のリオンさん」
「楼閣……ここ花街か」
「え、知らないで来てたの?」
「あてもなく風の指し示すままに走ってたから」
「さすらいの人ですか!?」

 花街は他の地区とは異なり、街の入り口にはゲートがある。
 
 特に検問を敷いているわけではないが商売柄というか、やはり誰もが行き来するような場所ではないから、一見してすぐ分かるようになっているのだ。
 
 それすら気づかずに入ってきたなどあり得ない。
 
 姐達が言っていたように育ちは良さそうなのに行き倒れていたのも不可解だし、何かあるのだろう。
 
「ミノルだっけ? お前にどんな事情があるだとか、正直お前の存在自体がどうでもいいんだけど」
「ぶっちゃけ過ぎです、リオンさん」
「………」
「カナエはもうお前を助けてる。それを多くの人が見てただろう。大丈夫なのか?」
 
 ミノルが息をのんだ。
 彼女の言わんとしているところを理解したようだ。
 
 つまりそれは、自分がここにいる事によって少なからず引き起こされるであろう危険性を自覚しているというわけで。
 
 リオンは目を細めた。
 
 やっぱりか。話している感じはしっかりしている。
 疲労していたようだが、目立った外傷は見受けられない。
 
 だが意識を失い往来で倒れるほどの何かが彼に起こった。
 しかもここが何処かも解らないほど切迫した状況で迷い込んだのだという。
 
 そんな彼とカナエは接触してしまい、それを大勢に見られている。
 
 リオンが心配しているのはミノルじゃない、カナエの身だ。
 
「どう落とし前つけてくれんだ。ただでさえカナエはここじゃ微妙な立場なのに」

 計らずしも、数刻前にカナエが言ったセリフをなぞる。
 
 ミノルは考え込むように俯いたかと思うと、すぐにリオンに向き直った。
 
「あんたの言う通り、迷惑がかかるかもしれない……。俺のせいで、だから俺にその子を守らせてくれ」
「いや正直今すぐ出てってくれた方が話が早いんだけど」
「ぶっちゃけ過ぎです、リオンさん」
「………」

 ばっさりと提案という名の希望を斬られたミノルは、咄嗟に返す言葉を見つけられなかった。
 
「迷惑がかかるかもしれないって事は、かからない可能性もある。ならお前が一刻も早く離れてくれた方が安全だな」

 そう、その通りだ。
 ここに留まる時間が長いほど危険度は増す。
 それに、自分のせいだから自分で守りたいというのは、カナエの為ではなくミノル自身の満足の為。
 
 リオンはミノルの独りよがりを見ぬいているのだろう。
 
「とまぁ、わざと意地の悪い言い方をしたわけだが。追い出してここの近所で野垂れ死なれても、店の評判に影響出るしな。何よりお前がカナエに偶然出くわしたってのは、そういう事なんだろう」
 
 そういう事ってどういう事だと疑問に思ったが、リオンはあっさりと流してしまった。
 
 メガネの奥の、瞳孔が縦に長く猫のような大きな眼がじっとミノルを捉える。
 
「どうせ行く宛てもないんだろう? ミノルがもう安全だと確信を持って言えるようになるまで、ここにいてカナエの事を守ってやってくれ」
「わぁリオンさんツンデレー」
「うるさい」

 こうなると予想していたのだろう。黙って今まで見守っていたカナエは、くすくすと笑いながら茶化した。
 
 逆についていけないミノルはポカンとしている。
 そんなミノルに、カナエは更に笑った。
 
「というわけで。そのきったねぇ服脱げ! 洗う!」
「はああ!? いや、俺これしか服持って無」
「カナエお前の服貸してやれ」
「はいはーい」
「いや無理だろ!?」
「よし、一番かわいい服にしろ」
「イエス、マイロード!」
「従順だな!!」

 嫌がり暴れるミノルを押さえつけ、二人がかりで服を脱がし新しいものに着替えさせた。
 
 最初はカナエの服を実際に着せようとしたのだが、やはりサイズが全く合わず渋々男物を着せたのだった。
 
 倒れていた時よりもぐったりとしたミノルを二人は満足気に眺める。
 
「さて、そろそろ私も仕事に戻るかな」

 ミノルから剥ぎ取った服を丸めて持ち、リオンは立ち上がった。
 
「じゃあ後は若いお二人で」
「おばさん臭いよリオンさん!!」

 お見合いの席での親御の退出時の常套句のようなセリフを残して部屋を出て行った。
 
 残されたカナエとミノルは何気なく顔を見合わせる。

「大丈夫、あれでリオンさんはお節介だから、いいようにしてくれるよ」

 ミノルが疲れ切っているものだから、カナエは笑いをこらえて慰めるように背を軽く叩いた。
 
「……悪いな、俺の事情に巻き込んで」
「へーきへーき。守るとかなんとか気負わずにさ、仲良くしてくれたら嬉しい。これからよろしくね」

 ミノルは自身の事を何も話していない。
 だからだろう。カナエは緊張感の欠片も持ち合わせていなかった。
 
 呑気に握手を求めてくる。
 
 ミノルも肩肘張るのが馬鹿らしくなってきて、苦笑しながら彼女の手を取った。
 



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