01)はいいろのせかいは やがて

 案の定、連れて帰った青年は店の芸妓達の悲鳴と歓喜と共に迎え入れられ、カナエの部屋に寝かせてからも皆が甲斐甲斐しく看病をしていた。
 
 だがカナエの想像との相違点が一つ。
 
「身形から言ってこの男の子、王都のお貴族様じゃないかい?」
「そうだねぇ、薄汚れちゃいるが、元はかなり仕立ての良い服だしねぇ」
「しかもこの人形みたいなお綺麗な顔」
「でかしたよカナエ」

 何故か褒められた。
 
 ぐっと親指を立てられて、カナエはへらりと笑う。
 何か知らないが危機は避けられたようだ。
 
「上手い事たらしこんで旦那になってもらったらどうよ」
「あらぁ可愛らしい旦那様ねぇ。頑張るのよカナエ」
「……は!? え、私!?」
「カナエ以外誰がいるの」

 さっきまで寝ている青年に対して可愛い可愛いと囃し立てていたのに、どうしてそういう話になったのか。
 
 旦那というのはつまり、自分の専属の客であり経済的に面倒を見てくれるパトロンの事だ。
 
 行き倒れていた所にたまたま出くわしただけで、あまりにも話が飛躍しすぎてついていけない。
 
 流石と言うか、プロの芸妓だけあって姐達は全てを仕事に結び付けてしまうらしかった。
 
「旦那ってそんな、いやそれ以前に私は」
「はいはい、皆こんな所で油売ってる暇はないだろう。もうすぐ店開けるぞ」

 パンパンと手を叩いて皆に立つようにせっつくのは、この店を取り仕切る主だ。
 
 黒髪ショートヘアに黒フレームのメガネをかけた細身の女性。
 歳の頃は20前半といったところか。
 
 性別をあまり感じさせない中世的な顔立ちは、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 女でありながら王都で幅を利かせる貴族にも物おじせず商売をし、たまに酒に酔って暴れ出した客を軽くのしてしまう腕っぷしの強さも持っている。
 
 愛想というものを何処かに忘れてきたみたいに、表情は常に乏しいし口は悪い。
 
 だが一度楼閣に迎え入れた女の面倒は最後まで責任を持ってみる事から、店の者からの信頼も厚い。
 
 それがカナエの知っている店主、リオンのほとんどだ。
 
 芸妓達が文句を言いつつも部屋から出て行ったのを見送って、リオンはカナエの隣に腰かけた。
 
 そして眠る青年の顔をまじまじと眺める。
 
「ああこれはあいつ等が騒ぐわけだな」

 ゆっくりとリオンは青年の前髪を横に流し。
 
「何時まで寝こけてるつもりだ」

 無防備にさらけ出された額に力いっぱい手刀を食らわせた。
 
「ええぇー!? ちょ、ちょっとリオンさん」
「私は利益を生まない奴、特に男をタダで休ませてやるほど心広くないんだ。まぁ例えるなら築40年畳三帖一間で風呂なしトイレ共同と言ったくらいか」
「せっま!! しかもちょっとした揺らぎですぐ崩壊しそうだ!!」
「いってぇ……しかもうるせぇ……」

 リオンに殴られた額を抑えながら、青年がのっそりと起き上がった。
 
「あ? なんで俺こんな」

 当然ながら自分の置かれた状況がさっぱり飲み込めておらず辺りを不思議そうに見渡している。
 
 リオンは腕を組んで冷静に彼を観察し、盛大に舌打ちした。
 
「おい汚れた服のまんま寝てたせいで布団が土まみれじゃないか!」
「そこ!? あの、ごめんなさい、姐さん達が嬉々として脱がせにかかったんだけど、私が止めました……」

 彼の心の傷になったら可哀そうだと思って、とカナエは申し訳なさそうに頭を下げる。
 
 あの時の彼女らの行動は決して親切心からではなかった。
 瞳に宿った輝きは餌を前にした肉食獣のそれだった。
 
「あいつ等容赦ないからなぁ。ああそうそう、お前大通りでぶっ倒れてたんだと。で、たまたま通りかかったカナエがしなくてもいいのにおせっかいで、引きずって帰って来てわざわざ介抱してやってたんだよ」
「倒れてる人間引きずんなよ」
「そこ!? 引き摺ってないよ、ちゃんと背負ったよ!」
「へぇ意外と力あるんだな」
「さっきから君といいリオンさんといい、引っかかるトコおかしくない!? てかなんなの、私の親切心ズタボロなんですけど!」

 名も知らぬ、しかも目覚めたばかりの男の子にこの言われよう。
 
 良かれと思ってした事に対してここまでこき下ろされるとは。
 
 必死で姐達から守った子にトラウマを植えつけられそうになった。
 
「What's your name?」
「なぜ唐突に他言語」
「しかも流暢」
「いや、カナエが良い感じに心が抉られて泣きそうになってたから、助け船を出したつもりで話題を振ってみた」
「良い感じに?」

 年長でありながら場をリードするでなく、むしろ引っ掻き回すリオン。
 
 表情だけを見ていても解らないが、カナエには彼女が生き生きとしているように思えた。
 



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