14)言葉なんて理解できない生き物になってしまいたかった

「アンタにはミズキじゃ役者不足だろ」

 強い眼光で下から見上げてきたリオンの瞳孔が猫のように細まっていた。
 
 知らず唾を飲み込んだツバキは、敢えて口の端を吊り上げ笑って見えるような表情を作る。
 
「八つ当たりですか?」

 その挑発に対する答えは刀閃だった。
 
 さっきの威嚇とは違い、今度は首を狙い澄ました一撃。
 勘だけで振った刀で何とか受けたものの、手が痺れる程の衝撃があった。
 
「ミノル!」

 カナエの悲鳴に近い声にリオンの力が緩んだ。
 隙を見て一気に押し返すと、リオンは大きく後ろに飛び退く。
 
 そしてくるりとバク転してミノルを拘束しようとしていた兵の背後に回り、柄で後頭部を殴りつけた。
 
 昏倒する男を踏みつけて舌打ちする。
 
「おいミズキ、お前何やってんだ二人守るくらいの仕事しろよ、何の為に雇ってると思ってんだ!」
「はぁ? 今それどころじゃねぇし!」
「役に立たないな!」

 足元に転がっていた膳を蹴飛ばしミズキの背中に命中させた。
 「いてぇ!」と呻くのを見てせせら笑う。
 
 相当ご機嫌が斜めの様子だ。荒れていると言っていいレベルだ。
 
 娼妓の女はリオンの戦いぶりに危機感を覚え、腕を絡めているイチトを振り仰いだ。
 
 彼の部下でさえ押されているこの状況を打破する方法はないのかと。
 
 だがイチトはこうなっても尚、表情をまるで変えず観察しているだけだった。
 
 ただその瞳だけが見た者の身体が底冷えするような冷たさを孕んでいる。
 
 その事に気付いた女は思わず腕を振りほどいた。
 けれど抜けきる直前で、イチトが彼女の腕を乱暴に掴んだ。
 
「どうして逃げるの? 貴女が望む通りになってるのに」
「ち、違う……」

 全然違う。思い描いたシナリオとはかけ離れていた。
 
 リオンがこの街にやってきた時、ただの痩せてみすぼらしい子供だった。
 自分と違うのは彼女の身元を引き受けたのが、王都で王の次に権力があると言われる一族が経営している店だという事だろう。
 
 自分の身体を張りもせず、何の能もないくせに運が良いだけで恵まれた地位に就いたいけ好かない女。
 
 鼻をあかしてやりたかった。自分が取って替わってやろうと思っていた。
 
 その為に色々と動いていた。後は邪魔な侯爵とその息子、そしてリオンもついでにこの場で始末してしまえばいい。
 
 なのにリオンは刀一本で連れてきた兵達を自力で払い、ツバキとでさえ引けを取らない。
 
 更に頼みの綱のはずのイチトは何を考えているのか知れず、思い通りにはなってくれない。
 
「こんなはずじゃ……」
「そうだね」

 女の腕を掴む力を緩めず、イチトはリオンを見ている。
 
「泣いて俺に縋ってきたら可愛いのにね」

 全く可愛いものを見るのではなく残忍さを滲ませた瞳で言ってのけた。
 
「予想と違ってあんまり面白くなかったから、もういいや」

 手を軽く捻ると、腕を掴まれていた女の身体は簡単に畳に倒れ込んだ。

「イチトさん?」

 少し兵と遊んでいる間に彼の心境にどんな変化が起こったのか、さっきまでぴたりとくっついていた女を乱暴に引き剥がしたイチトを、リオンはぽかんと見つめた。
 
 他のみんなも呆然としている。
 
「やれやれですね」

 ただツバキだけがこっそりとため息をついたのだった。
 
「現行犯、という事でいいんですか?」

 イチトから女を離して、今度は自分で拘束するツバキが無表情に尋ねる。
 
 状況を把握した部下に女を任せてミノルとカナエの傍へと寄った。
 まだ幼さを残す二人は、当然ながら警戒と怯えを見せながらイチトを見返してくる。
 
 構わずミノルに手を差し出した。
 
「王都に帰る。早く準備を」
「はぁ!? ちょ、待て待て。こんだけ店荒らしといて何の説明も無しか!? そんでミノルまで連れてくなんてさせねぇよ」

 珍しく苛立たしげに声を荒げたミズキを、カナエが不安そうに見上げた。
 
 無理やりミノルが連れて行かれたりしないように、彼の服を強く握りしめる。
 
「ミノルとお父さんは、どうなるんですか?」
「どうもしない」
「……おいイチト、これどういうこった?」

 足の踏み場もない広間の入り口で、しかめっ面をして立ち往生している男がいた。
 
 浅黄色の礼服を着た青年は、ギロリとイチトを睨む。
 
「カンナ!」

 緊張を解いたリオンが彼の方へと駆け寄った。
 この事態を収拾しうる人物が漸く現れた事への安堵だ。
 
「悪ぃな遅くなった」

 軽くリオンの頭に手を乗せる。
 子どもをあやすような手つきだが、リオンはそれを甘んじて受け入れていた。
 
「えぇと? で、何から話すべきだ?」

 ぐるりと室内にいる人物を見渡して、着いたばかりだというのに途方もない疲労を感じながらカンナは言った。
 



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