07.馬の耳に念仏 「今だ少年!」 「いや無理」 木に凭れて荒い息を整えようと大きく深呼吸をするラスティは、片手を力なく振ってリュートの期待に添えない意思表示をした。 それはもう、一切の間も与えないくらいの即答で。 リュートだけでなく、倖達もその場に立ち尽くす。 「無理ってお前、遅れてきておいて仲間のピンチも守れないとはどういう事だ!」 「うっせ……、あんたがイノシシみたいに突進してくから、途中で見失って、全力で長距離……、血吐きそうなほど走った後で魔法なんざ撃てるか!」 「部下は山が吹き飛ぶくらいのをぶっ放してるぞ?」 「それが仕事で毎日鍛えてる奴とド素人を同一視すんじゃねぇ! 行動範囲が家から半径百メートル以内の超インドア派の体力の無さナメんなよ、つーか飛ばすな放つな地形を変えるなっ!」 仲間割れを始めたリュートとラスティを、それでも警戒を解くことなく倖達は見つめていた。 だが段々と二人の口論に飽きてきたらしい倖はキョロキョロと辺りを探り始めた。 そして目当てのものを発見し、ぱぁと表情を明るくさせる。 「光城くん! 光城くん!」 「ん? 何?」 倖が戦闘モードを解いたのに合わせて翔もすっかり楽にしている。 更に後方で事の展開に完全に取り残されていた俐音と真人はどちらとも無く顔を見合わせ、お互いそこに苛立ちを滲ませているのに気付いた。 バスに乗った時から、もしかしたらくじを当てた時点で自分の予想の範疇を超える異常事態に巻き込まれ続け、いい加減被害を被るのにも限界がきている。 そもそもが短気な性の二人だ。 ふつふつと湧き上がる怒りの相乗効果で一気に爆発した。 「だいたい少年言うな! 俺はもう十九だ」 「十九!? 嘘だろ、その歳なら俺はもう立派に軍人としての勤めを果たして……」 「自分で立派って言うような奴はロクでもないんだよ、この体力馬鹿がっ!」 「ねぇ光城くん剣拾っちゃった、試し斬りは有りかな?」 「だ、ダメだよ一応は生身の人間みたいだし……」 「えーでもでもあの金髪の人なら大丈夫な気がす……」 「一旦全員黙れ!!」 鼓膜が震える声量での渇と、握り締めた拳を木に叩き付けた音に喧しく騒いでいた四人はぴたりと喋るのを止めた。 真人に殴られた木がみしみしと悲鳴を上げているのに全員が気付いている。 静かになったのを見計らって俐音は下を指で差した。 「正座」 単語の意味を理解できたのは二名。 彼らは大人しくその場に膝をついた。 残りの二名は、隣の見よう見真似で座る。 「まったくお前等何なんだ、全員が全員血の気多過ぎだろ! ほら続きがしたくてウズウズしない!」 「いてっ」 正座しながらも手にした剣を弄っていた倖の頭をぺしりと叩く。 「そして剣は置きなさい」 「えーこの手にしっくり馴染む感じが堪らなくいいよ?」 「それ俺の剣じゃないか! いつの間に……」 「戦利品です! 倖はソードを手に入れた」 「くっ、ならば致し方あるまい……」 「だーまーれーっ」 リュートと倖の頭を掴んで指先に力を入れた。 好戦的な者同士、早くもちょっとだけ意気投合し始めているのが恐ろしい。 「そっちの二人も。関係無さそうにしてるけど、あんた達も十分騒いでただろ」 「はぁ? あのオッサンに絡まれてただけだっつーの」 ごめんなさい、とそれでも笑みを零しながら謝る翔とは対照的に、口をへの字に曲げてラスティが抗議した。 「オッサンじゃない。加齢臭がするまでは青年と言うんだ」 「な? この調子でウザいんだよ」 一歩進んでは二歩下がる会話に俐音は頭を押さえた。 どうしてこうも行く先々で常識というものを、自ら進んで底なし沼に沈めるような人達とばかり出会うのか。 片方はバスのドアを蹴破るし、もう一方は銃刀法違反。 「あー取り敢えずオッサンは黙って。話がややこしくなる」 「さっきから聞いていれば"さん"という敬称さえ付ければいいというものではないだろう。大体、近頃の若い奴等は……」 「十分オッサンだ! あんた紛う事なくオッサンだ! しかもウザい一番嫌がられるタイプの!」 俐音がリュートに掴みかかろうとした瞬間ひゅっと空気の切れる音がして、視界の端を何かが横切った。 ザクリとリュートの正座している足の真横に落ちてきたのは彼の剣。 その柄を握っているのは、只ならぬ空気を纏った真人だった。 上から見下ろしてくる目は常軌を逸していた。 「オッサンが気に食わねぇならパッキンコスプレ野郎でいいな」 金縛りにあったように身体に緊張が走る。 言っている意味はよく分からなかったが、リュートは上ずる声で「もう何でもいい……」と反射的に答えていた。 「もーお前等が好き勝手ばっかするから魔王再臨! ってなっちゃっただろうが」 「途中から一緒になってたよね」 「ば、バカ言うな! 私はびしばしツッコミをだな……」 倖に必死に言い訳を募る俐音に真人は溜め息を吐いた。 「で、ここ何処だよ」 前 | 次 戻 |