06.烏合の衆


 地面に座り込んだ俐音は、何とか震える手を突いて上半身だけは起こしているという状態だ。

 肩で息をしながらブツブツと何かを呟いている。

 彼女のすぐそばでは真人もさして変わらない体勢でぐったりしていた。

「私……今までいっぱい酷い目合ってきたけど、こんな死を身近に感じたことない」

 数メートル先で黒い煙を上げているバスが目に入れば更に恐怖が込み上げてくる。

「ほんとびっくりしたよねー」

 へばる事なくしっかりと立っている倖は、とても驚いたとは思えないあっけらかんとした口調で返した。

 その横では翔が服についた汚れを払い落としている。

 平然としている二人のお陰で俐音と真人は無事なのだが、だからこそあの状況で荷物を抱えて脱出してしまえたのがおかしいという事も分かってしまう。

 ガードレールを突き破ったバスが空中を傾いた途端、翔は真人を掴んで開いた非常口から何のためらいもなく外へ出た。

 呆気にとられていた俐音もまた、重力に逆らったような速さで戻ってきた倖によって、次の瞬間には同じ状況に陥ったのだった。

 悲鳴を上げるどころか目を開ける事さえ出来ず。
 数十メートルを落下、彼らは見事着地してみせたのだった。

「お前等人間じゃねぇ……」

 搾り出した真人の言葉に倖と翔は顔を見合わせた。
 厳密に言えば確かにそうなのだが。

 そういう意味で言ったのではないだろうと、倖と翔は顔を見合わせて苦笑するにとどめた。


***


「さてどうしよっかねぇ」

 俐音と真人が回復するのを待って倖が言った。
 腕を組んで難しい顔をしているものの、その口調は至って軽い。
 会話を始めるにあたっての定型文を発しただけといった風だ。

 倖は基本的に物事を楽観的に捉える方であるし、大抵の事はそれなりに何とでも出来るだけの力と運を持ち合わせている。

 しかし解決策がないというのも事実。

 ぐるりと周囲を見渡してみても、空を覆い隠すほど木が生繁っていてどの方角に向かっていけばいいのか見当もつかない。

 それに何よりここは何処なんだろうか。

 確か崖の下は住宅地だったはずが、落ちてみれば何処までも続く森の中なんて一体どうなっているのか。

 何よりもあの少女はどこかに消えてしまったのも気にかかる。

 "あっちの世界"

 過ぎった考えを振り払うために頭を振った。

「こういうときは歩き回らない方がいいんだっけ? 煙を目印に誰か来てくれるかもだし」

 バスが地面に激突した轟音とこの煙を見れば誰かしら駆けつけてくれるのではないか。
 倖の考えを肯定するように翔が頷いた。

 だが彼の視線は森の先の一点に集中していて、徐々に目を鋭いものにしていった。

「早速何か来たみたいだよ」
「何かって……人じゃないのか」

 よろよろと立ち上がった真人と俐音に緊張が走る。

「気配は。でも速過ぎる」

 こちらに向かってくる速度が。
 翔はゆっくりとした足取りで一歩一歩前に進む。

 足取りは優雅なものだが、倖には彼が既に臨戦態勢に入っているのだと分かった。

 木々が擦れる音がし俐音達にも漸く何かが近づいてきているのだと認識できたとき、翔が体勢を低くした。

 次の瞬間飛び出してきた、背高な木に囲まれ薄暗い中でも目立つ黄金の髪色をした男目掛けて跳躍した。

 金髪の男は、完全に不意打ちの攻撃だったにも拘わらず見事な反射神経で後ろに退きその一撃を避けた。

 目の前に振り下ろされた足は土を抉り、小さなボウル型の穴を築く。

「何だいきなり! 貴様賊か、魔族か!?」

 素早く剣を抜いた男に口の端を上げて薄く笑う。

 まだ幼さを残す面立ちをしている相手に、男――リュート――は妙なプレッシャーを覚えた。

「魔族、あながち間違いではないかもね」

 この言葉を答えと取ったのか、リュートは翔に剣を振るった。

 微動だにしない翔を捕らえる直前、別の気配を感じて身体を捻る。

 いつの間にか背後に回っていた倖がリュートの脚を薙ぎ払う。

「クソッ」

 咄嗟に剣を手放して地に手を付き、身体を一回転させ何とか体勢を崩すのは免れたものの、作られた隙を見逃す倖ではなかった。

 間髪入れずに二撃目を繰り出してくる。
 身体を反転させて今度は上段の蹴りを繰り出した。

 それを手で受け止めたリュートは、彼女の更に後方に目を向けてニヤリと笑った。
 勝機はこちらにある、と。

「残念だったな」

 ハッと振り返った倖と翔の数メートル後ろに息を切らせたラスティがいた。



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