05.旅は道連れ 俐音達がバスがガードレールを飛び越えたのとほぼ同時刻、鬱蒼と木々が茂る森の中を一人の男が歩いていた。 黒髪に藍色の瞳の男の名前はラスティ。彼は周囲を見渡しながらため息を吐いた。 長い前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。 どうしてこんな事になっているのだろう。 森林浴をしようと言って友人達に家から引きずり出されて辺りを散策していたはずが、気が付けば一人みんなから逸れてしまっていた。 取り敢えず来た道を戻ってみようと一本道をUターンしたのにどんどんと覚えのない景色ばかりになっていって、完全に迷ったと認識した頃ガサリと脇の茂みが不自然に揺れた。 突然木の合間から男が駆け出してきたかと思うとラスティに狙いを定めていきなり剣を振り下ろしてきたのだ。 反応出来たのは奇跡と言って良かった。 咄嗟に張った魔法壁は剣とぶつかった衝撃で砕け散り、二人の合間に運悪く舞っていた木の葉は二つに裂けた。 それを見て青年が手にしている剣がただの飾りでない事を思い知らされた。 「ああなんだ人か。すまないな、魔物かと思った」 危うく殺されかけたというのに、男は剣を鞘にしまいながら軽く言う。 長い金色の髪にラスティと同じく藍色の瞳をしていた。 リュートと名乗った男は腕を組んで、今度は何やら難しい表情を作った。 「こんなところで何をしている。この辺一体は封鎖して民間人の出入りは禁止していたはずだが」 見たところ武器も持たない。 旅装束というわけでもない軽装のラスティが何の目的があって魔物の出るこんな森の奥まで来ているのか。 第一警備の目を掻い潜って入ってきている自体あり得ない。 そのくせリュートに見つかっても平然としているのだから尚更何者かと訝しんでしまう。 「封鎖って……普通に入れたけど」 そもそも魔物の出るような立ち入り禁止区域に友人が行こうなどと誘ってくるはずがない。 彼らがその事実を知らなかったという事も考えられない。 訳が分からないといった風のラスティに、リュートこそがどういう事だと思ったが。 「……まあいい、賊の類ではなさそうだし誤って侵入しただけなら拘束する必要もないな」 不法侵入には変わりないが、悪意がないのであれば見逃しても問題はないだろう。 だが場所が場所なだけに一人で放り出すわけにはいかない。 危険があるという理由で封鎖しているのだから。それに気になっている事も一つある。 「出口まで送ろう」 「良かった……実は俺道に迷ってたんで」 「そうか。まぁこんな所を一人でウロウロしているくらいだからそうだろうとは思ったが。何を隠そう俺も部下達とはぐれてしまってな! ハハハッ」 「なにこっ恥ずかしい事を爽やかに暴露してんだよ! よっしゃ同士発見みたいなノリで気さくに肩組んでくんな!」 一方的に仲間意識が芽生えたらしいリュートの砕けた態度に苛立つ。 しかも送ると言ったくせに、その実本人も迷子だなんて笑える状況ではない。 一体どうやって元の場所に辿り着くつもりだったのか。 「あんたその恰好からして軍人だろう……って、なぁそれどこの国の軍服?」 友人が着ていたのを一度ちらりと見た程度だからあまりはっきりとは覚えていないが、現在ラスティがいる国のものは全く違っていたように思う。 リュートを見やって思い浮かぶのは母国のそれ。 「おかしな事を訊く。見て分からんか? 俺はカト……」 リュートが言いかけた時、遠くで大きな音がした。 その直後地響きと鳥たちが驚いて羽ばたき逃げていく。 二人は咄嗟に同じ方向に顔をやり、もくもくと空高くまでどす黒い煙が立ち上がっているのを見上げた。 「よし、行くぞ少年!」 「俺のことか? それ俺のこと言ってんのか?」 二人きりしかいないのだからラスティのことに決まっているが、彼は少年というほど幼くない。 馬鹿にされているのだろうかと頭にきたラスティは、既に走り出しているリュートの背中に魔法でもぶつけてやろうと思い企む。 だがその考えは瞬時に捨てざるを得なかった。 「つーか早っ!!」 見る間に豆粒台まで小さくなってしまったリュートの姿にそう叫ばずにいられない。 追いつくのは無理にしても、せめてこれ以上離されないように全速力で走る事に専念した。 そうまでして一緒に行動すべきか甚だ疑問ではあったのだが……。 前 | 次 戻 |