あっという間に一番前まで来た倖は、右手で手スリ棒を掴むと同時に床を蹴った。
 中に浮いた身体を右手を軸に回転させて運転席の中に入る。

「うぎゃー! お客さん何やってんですか、ここは大勢の命を任せるに値すると認められた選ばれし者しか入る事の出来ない神聖な場所ですよ!?」

 元々一人分のスペースしか設けられていないから、倖はよいしょと少女を無理矢理横にずらして座席の隙間に立つ。

「あなたも選ばれてないよね、全然私達の命守ろうとしてないよね」

 ハンドルに片足を乗せて凄んだ。

「ひえぇアタシの商売道具がぁ」

 俐音達からは運転席で起こっていることは見えない。
 二人のやり取りを聞きながら「いや、お前のじゃないだろ」と真人が冷静にツッコんだ。

 もうこっちは翔がドアを蹴破っており後は脱出するのみなのだが、倖がバスを停車させられたらその方が安全だからと一応待機している。

「さあバス停めて!」
「出来ません。アタシのか弱いお御足ではブレーキを踏むだけの力が出せないんです」
「だったら今どうやってアクセル全開にしてんのよ!!」

 ハンドルに置いていた足を少女の頭上目掛けて振り落とす。
 頭頂の数センチ上を通り過ぎた倖の脚は、乗客と運転席を隔てる壁をぼこりとへこませて止まった。

「し……死ぬかと思ったーっ!!」

 少女は両手で顔を覆いむせび泣く。
 肩を震わせる姿は確かにいたいけなか弱さを滲ませているが、それが倖に通用するわけもなく。

「さっき幽霊だって言ってたじゃない」
「運転してるんだから実体がある事くらい分かるでしょー! その、なに……この世に未練たらたらで幽霊にすらなり損なった的な」
「光城くんこの子今すぐ浄化してあげよう!」
「みなさん助けてくださいよ、この人むちゃくちゃだぁ」

 二人同時に運転席から顔を出して訴えたが、翔を初め三人は立ったまま瞬きもせず固まっていた。

「ま、前……ていうかハンドル……」
「何? 聞こえない、ねぇぶん殴って消していい?」
「いやぁ! まだこのバスで世界一周の夢が叶ってないのにー」
「あの世を何往復でもすればいいじゃん!」
「二人とも前を見ろーっ!!」

 俐音の金切り声に二人は勢いよく首を回した。
 そして目に飛び込んできたのはバスがガードレールに真正面から激突するところだった。





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