03.短きものを端切る


「つか……なんでお前等そんな落ち着いてられんの!?」

 俐音の驚きぶりに倖と翔は笑っているし、真人は煩そうに顔を顰めるだけだ。
 彼等も実は同じようなやり取りをし終わった後だったりする。

「一応は悩んだんだけどね、目的地には連れてってくれそうな感じだしいいかなーって」
「よくない私は降ろしてぇーっ!」

 あくまでマイペースな倖と「次止まります」のボタンを連打する俐音。

「大丈夫なんとかなるよ」

 慰めるように俐音の肩を優しく叩いたが、その根拠のなさに俐音は一向に安心感など抱けない。
 
 倖と翔の人となりを知らないのだから仕方のない事だ。

 例え先程、転がる自分を女の片腕一つであっさりと止めてみせたとしても、実力行使でこの状況を打破できるとは思えなかった。

 高校生のカップルという体を崩さない二人が実は人間とはかけ離れた存在だなどと見破れる眼力を俐音は残念ながら持ち合わせていない。

 不幸にもこの後、彼らが異常だという事実をまざまざと見せ付けられるのだが。

 けれど人間ならざる存在に幾らか免疫のある俐音よりも、生まれて此の方十七年間幽霊も妖精もゾンビにも遭遇した例がなければ、宇宙人も含めてそういった類の話を全て馬鹿にし続けていた真人の方がよっぽど衝撃を受ける事となるだろう。

「あの子どう考えても免許持ってるわけないよな!? どうやって運転してんだよ!」

 運転の荒さを除けばアクセルにブレーキ果てはドアの開閉までをやってのけているが、俐音達より随分と年下である少女は免許を持っていないはずだ。

 操縦方法を知る機会も普通は無い。

 もしかしたら、もしかしたら俐音が想像できる範囲を超えた理由で彼女がライセンスを有しているのではないか。

 そんな一縷の希望を含んだ問いかけ。

「そうやって形式にばかり気を取られているから出来るものも出来ないと錯覚してしまうのです。年齢性別に囚われる事勿れ。I can do it、やればできる!」
「当てずっぽうで運転してるって事じゃないかぁ!」
「ふふふ侮ってもらっちゃ困ります。この見よう見真似で鍛えたドライバーテク! ドリフトだって出来ちゃいます多分」
「多分て……だから適当なんだろ素直に言えよ! てかするなよ!? 絶対ドリフトとかやってみようと思うなよ!?」
「あらあら、それはやれというフラグですか?」

 いつの間にか相手が子どもである事も忘れて対等に掛け合っている。
 そのくらい見た目に相反してしっかりとした口調をしていると言えばいいのか、俐音が少女のレベルまで下がっているのか。

 どちらも正解だろう。

「うるっせぇよ! ぎゃーぎゃー騒ぐな」
「そうです、あなた煩いです。外に放り出しますよ?」
「むしろそうしてくれ! どうか!!」

 こんな中で冷静でいられる方がむしろ正常ではないように思われるが、恐ろしい事に取り乱しているのは俐音だけ。
 
 だがもうなんだって良かった。
 真人に便乗して少女が詰るも俐音としてはさっさと解放して欲しい。

 手を合わせて頼み込んでみたがそこはあっさりと無視されてしまった。

「えーアタシぃ、ドアの開け方知らないんですよぅ」
「盛大に嘘をつくな! さっき開けてただろ私が喋ってるの無視して閉めてたじゃないか! しかもその口調めちゃくちゃ腹立つ!」
「……お前ら口開くな。ガキは前見て運転に集中しろ」

 背筋がゾクリとするような低音がバスの中に響いた。
 少女はさっと顔を引っ込め、俐音は背もたれに隠れるように体勢を低くする。

 コイツは怒らせちゃいけない。

 真人から感じる負のオーラに俐音はその事を脳みそに深く刻み付けた。

「さっきからバス停をほとんど飛ばしてるけどいいの?」

 停留所に設置されているイスに腰掛けていた人がこのバスを見て立ち上がったが、制限速度をはるかに超えたスピードで駆け抜けてしまい、あんぐりと口を開けて呆然としているのを見ながら翔が言った。

「いいんですよ、アタシは貴方達を連れて行きたいだけなので」

 少女の朗々とした返事に四人は黙り、そして運転席を凝視した。



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