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撫子は最後の方は嗚咽を堪えながら言葉を紡いだ。 詰まりながら、言葉が途切れ途切れになりながら、しかし感謝の気持ちを伝えるように撫子は言った。途中、耳にかけていた前髪がはらりと落ちてきて表情が読めない。 撫子が言葉に詰まる度、卒業生、在校生、職員が涙を流し始めた。 「答辞とさせていただきます。氷帝学園中等部卒業生代表、椿崎撫子。」 撫子は全ての言葉を述べて降壇した。すすり泣く音と撫子が歩く音だけが体育館の中を支配した。間もなく、卒業式が終わった。 「これを持ちまして卒業証書授与式を修了させていただきます。卒業生退場。」 卒業生が体育館から出ていく。在校生も別れを惜しみ、涙を流しているものが多数だ。撫子は人に表情を悟られないように、前髪で顔を隠しながら退場した。 それからクラスへ戻り、撫子は自分の席に着席。そして忍足が話しかけてきた。忍足の目は赤くなっていた。 「撫子ー…自分が泣いとるやんか。俺も泣いてしもうたけど……めっちゃ感動や。言葉巧みに心に刺さってきたわ。言葉に詰まりながら答辞とかホンマ反則やわ。」 メバチコ出来てまう。とか、そして撫子はついに顔を上げた。 「んあ?なんだって?」 「なッ!?」 撫子も泣いているかと思っていたが、実際は泣いてすら居なかった。ケロッとした表情からニヤニヤした表情へと変わっている。 「おやおや?忍足サン。お目めが真っ赤ですわよ?泣いたんか、え?泣いたんか?撫子ハザード起こしちゃった?」 「俺のpsycho-pass濁ったわ!どうしてくれる!」 「あ!?だったら私が監視官してやんよ!お前は私の犬になってろ施行官!」 「いやや!てか逆に聞くわ!自分なんで泣いとらんのん!?あんな嗚咽混じりの感動的な言葉を残しとったくせに!」 「アーン?んなもん演技に決まってるじゃん。ここで詰まって、ここで声を震わして、上擦って、っつって計画通り。」 「お巡りさぁあん、嘘吐きがおるで!泥棒やぁああ!」 「そうです。私は泥棒です。私は盗んでいきました。お前の心をな。」 「っっっ……はい!…ってなんでやねん!自分、卒業式の答辞で演技とか前代未聞やで…。」 「あ?言っとくけど、裁判で嘘泣きして、それがガチ泣きだって思われれば採用だから。」 「なんやて!?」 「それに…私自身涙を流すのは…嫌だよ。血も涙も同じ成分って言うじゃん?」 「だからどうしたド畜生。」 「ンフ、私の泣き顔を見ようだなんて烏滸がましいわよ…そんなに見たいなら演技ならばいいよ。……ふッぅう、はっ……。」 涙こそ出ていないが、撫子は泣き始めた。 「止めたって。俺は撫子の演技とか見飽きてんねん。」 「チェ、ファンサービスだぞ。受け取れや…あ、そうそう、明日から一応春休みじゃん?」 「あぁ、せやな。」 「私、明日からちょっと田舎の方に戻るわ。」 「マジか。遊べんやん。」 「散々遊んできただろ。」 「まぁな。了解や。そう言や帰るの久々やないか?」 「あー…八月から帰ってないや……。」 そう言えば冬休みは帰る暇が無かったな。クリスマスに冬コミ、初詣。立派なリア充や…。 「…怒られんようにな。」 「怒られたくねぇよ…。」 「手に胡麻擦って、媚び売っときぃ。」 「うん、そうするわ。あ、先帰ってて、私はちょっと職員室に行かなきゃだから。」 「あー…先行っとくけど、多分また会うことになるで。」 「は?なんで?」 「まぁ、後から分かるわ。ほな、後で。」 |
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